第71話 三雲を救うために②
案の定、鮮華の提案はろくなことじゃなかった。
男女のバスケ部が揃った体育館に突然姿を見せた鮮華は、ステージに立ってマイクを手に取る。
「やあ諸君。今から君たちにはゲームをしてもらう」
なんだいきなり。デスゲームの主催者かよ。
当然ざわつく体育館。ごめんな。鮮華ってちょっとおかしいやつなんだ。悪気はないんだ。
「先日の体育祭において、君たちバスケット部は輝かしい成績を残してくれた。体育祭が盛り上がったのも、君たちのおかげだと言っても過言ではない」
それでも鮮華の理路整然とした話し方と一切の躊躇もない毅然とした姿は、バスケ部連中を魅了するには充分だった。鮮華が話を始めるだけで皆が静まり返り、全ての視線が一点に集まる。
鮮華はその視線を見渡して微笑む。
「君たちには今日、男女混合でチームを作ってもらい、ミニゲームをしてもらう。前後半五分のトーナメント戦だよ。そして、見事優勝に輝いたチームには豪華景品を贈ろう」
近くの人と視線を交わし合う一同。そりゃ突然どうしたんだって感じだよな。俺もついていけない。
ざわつき始める体育館。そんな中、女バスの一人が手を挙げる。副部長の朝倉だ。
「景品って何ですかぁ?」
いやそこかよ。この状況につっこめよ。
俺が鮮華にミニゲームの話を伝えたのはついさっきの話。景品もどうせいつもの思い付きだ。準備する暇も無かっただろうし、期待したところで大したものじゃないだろう。
皆の期待が膨らむ中、ふむ、と相槌を打ち、鮮華は制服の胸ポケットから封筒を取り出す。
鮮華のニヒルな笑みと共にその封筒から出てきたのは、五枚の紙だった。
「これでどうだろう?」
「パラダイスワールド……ペアチケット!?」
ステージ近くに立っていた女子バスケ部員が声を上げると、瞬く間に体育館に響く大歓声となった。
パラダイスワールド。俺にも聞き覚えのあるその場所は、最近オープンした大型アトラクション施設だ。
遊園地と屋内プールが一体となった場所で、その広さは東京ドーム三十個分にも及ぶ。イマイチ見当がつかねえな。
ともあれ、バスケ部員たちのやる気を引き上げるには充分すぎる景品だ。いつの間に用意したんだろうな、あれ。
「さらには蓮城家が経営するホテルで二泊三日。極めつけは、このチケットを利用した旅行に関しては、平日であろうと特別休暇を許可しよう」
熱狂の渦に包まれる体育館。そういやこいつお嬢様だったな。ホテル経営してるってなんだよ。
登校を免除された上で三日間丸々パラダイスワールドを満喫できるとなっては、手を抜くやつも居ないだろう。
鮮華のような最強スペックに財力まで与えるとこうなるんだな。キャラ設定には気をつけた方がいいと思うぞ作者よ。
そんなこんなで、鮮華主催の旅行チケット争奪戦、バスケ部のミニゲームトーナメントが始まった。
チームの選出は男女混合の完全ランダム。くじ引きで五人一組のチームが作られ、引いたくじの番号によってトーナメントの組み分けも決まる。パワーバランスが偏らないための配慮だろう。
にしても鮮華はこんなことをして何を考えているんだろうか。これなら三雲も自然にゲームに参加できるが、それで根本的な問題が解決するとも思えない。
そもそも三雲をいじめている中心人物と同じチームになるなんて最悪な状況になることもありうる。そうなっては三雲に部活を楽しんでもらうどころか地獄のような時間が延々と流れ続けるだけだ。
頼む作者。ここは良い引きを見せてくれ。
これはフィクションの物語だ。チーム分けなんて運命とは名ばかりの強制力でなんとかなると信じてるぞ。
果たしてチーム決め結果は、俺と陸奥、深瀬部長、それに朝倉と三雲という見知った顔が集まったメンバーとなった。
いやこれはこれで……どうなんだ?
「なかなか良いメンバーが集まったんじゃないか?」
「そうっすね! 富田先輩が敵なのがちょっと怖いっすけど」
「陸奥と三雲が足引っ張んなきゃいいけどねぇ」
「俺がいるから勝てるんだろ!?」
「……」
サラッと三雲を戦力として見ていない発言をする朝倉に黙り込んだままの三雲。うーん、不安だ。
深瀬部長の言う通り、戦力に関しては申し分ない。それどころか、他のチームと比べても優勝候補になりうるメンバーだ。
ただ、どうも朝倉は三雲のことを気に入っていないように思う。
それは体育祭の時にも感じたが、三雲は三雲で朝倉を苦手としていそうだし、この二人の関係は良好とはとても言えない。
朝倉のことはよく知らないが、初対面の相手にすら冗談を言える三雲がまともに会話すらできない相手となると、三雲のいじめの件で一枚や二枚噛んでる可能性はある。
あまり憶測で語るべきではないが、警戒するに越したことはない相手だな。
とはいえ、これはチャンスでもある。
メンバー交代も出来ない以上、三雲の選出は絶対だ。普段はまともに部活にも参加させてもらえないとしても今日は違う。
三雲をこのミニゲームで活躍させりゃ少しは女バスからの印象も変わる可能性もある。
それに、朝倉が三雲のイジメの件にどれほど関与しているのか探るチャンスでもある。
彼女が主犯、あるいはそれに近しい人間であれば、彼女との接触は目的達成の大きな足掛かりとなる。
とにかく俺はこのミニゲームで活躍しつつ、三雲にもそれとなくチャンスを与えていくよう注力しよう。
方針が大方固まったところで、チームのポジションも決定したらしい。
朝倉は深瀬部長や陸奥と親しげに話している一方、三雲はやはり浮かない顔をしている。このミニゲームを快く思っていないことは確かだ。
気兼ねなく部活に参加できるとなれば少しは元気を取り戻すかとも思っていたが、問題はそう簡単な話ではないらしい。
そもそも三雲がいじめを受けている原因はなんだ?
あんなに優しくていつも明るい三雲が嫌われる理由があるのか?
三雲が抱える問題について思考を巡らせていると、俺たちの前の試合が終わったようで、深瀬部長が声をかけてくる。
「柊木。出番だぞ」
考えたって仕方がない、か。
一先ず優勝を目指そう。あの景品は今後どこかで役に立つかもしれない。
頭の中に渦巻く疑念を払い、俺はビブスを着てコートに入った。
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