第4話 ラブコメの神様は手厳しい

「台所借りるね」


 返答なしに勝手に調理器具を取り出す紗衣。

 紗衣はこの家には何度も来たことがある。台所の器具の配置なんて自分の家のように覚えているだろう。俺あんま料理しないから俺より詳しいかもしれん。

 勝手に冷蔵庫を開けて食材を確認する。幼馴染なら何しても許されると思うなよ。別にいいけど。


「卵すら置いてないじゃん。買ってきて正解だった」


 勝手に開けておいて文句を垂れる紗衣。やっぱり良くないわ、ここ俺ん家だぞ。親しき仲にも礼儀ありって言うだろ。最近あまり親しくしてなかったね。だったら尚更礼儀を弁えるべきでは?


 武道は武道で、いつの間にかソファに座って寛いでいる。君、初めてここに来るよね? リラックスしすぎでしょ。

 まあいい、俺は俺の仕事をしよう。


 この二人は恐らく、まだそこまで仲が良くない。普通のクラスメイトくらいの間柄だろう。

 そんな二人に恋愛感情を抱かせるためにすべきこと。そう、まずは互いに意識させることだ。

 特に紗衣。こういうのはヒロインが意識して始めて話が展開する。ただのクラスメイトだと思ってたあいつにあんな良いところがあったなんて……みたいなアレだ。

 その分岐点に達するためにもここは大事なイベントだ。気を引き締めていこう。


「武道、良かったら紗衣を手伝ってくれないか?」

「ああ、うん。もちろん」


 よし来た! 親交イベントの定番、『一緒に料理でハプニング!? 食器が落ちてきたところでヒロインを庇って食器と一緒に恋にも落ちちゃった!』作戦だ!

 作戦名が小学生レベルなの、なんとかしません?


「気が散るから二人とも台所に来ないでね」


 任務失敗。今すぐ帰還する。

 紗衣の一言により、立ち上がった武道はそのまま無言で腰を下ろす。うわぁ、この空気つらい。悲し過ぎて居た堪れない。

 紗衣め……フラグをへし折ってくるヒロインがあるか。お前はヒロイン失格だ!


 きっと今すぐにでも逃げ出したいほど恥ずかしい思いをしている武道は困ったように笑って頭を掻いた。


「あはは、断られちゃったよ」

「なんか……悪い」


 これに関しては安直な作戦を実行しようとした俺が全面的に悪い。マジごめん武道。

 にしても紗衣の料理か……あいつ料理出来なかったと思うんだよな。本当に病気になったりしないよな?


 俺が身の危険を案じる隣で武道はこほんと一つ咳払いをした。


「まあ、せっかくだし少し話そうよ。僕、ずっと君と仲良くしたいと思ってたんだ」

「えっ……お、おう」


 え、なにこいつそっち系なの? ギャルゲーじゃなくてホモゲーだったの?

 別にジェンダー的価値観は否定はしないけど、俺がヒロインとか絶対に嫌だぞ。普通のラブコメが無理だからってそっちに路線変更するのは聞いてない。それなら主人公として創られたハーレムしてる方がマシだ。いややっぱどっちも勘弁。

 狼狽える俺と野獣の眼光(主観)で俺を見つめる武道の前にコトンと湯のみが置かれた。


「はいお茶。お粥作るからちょっと待ってて」

「ありがとう」

「おお、さんきゅ」


 じゃねーよ。何この子普通にもてなしてんの? ここ俺ん家だからな。

 俺の心の声を意に介さず、紗衣は再度台所に戻る。心の声だから意に介す方が難しいけど。


「結城さんと仲が良いんだね」


 湯気が立つお茶を啜り、武道が唐突にそんなことを言う。


「まあ、幼馴染だし」

「本当にそれだけかな」

「……何が言いたい?」

「はは、そんな怖い顔しないでよ。変な意味じゃないんだ」


 怖い顔、と言われるほど余裕のない顔をしていたらしい。変な勘ぐりをしてしまったが、恐らく杞憂だろう。こいつは俺とは違う、ただの物語の主人公だ。


「幼馴染にしては仲がいいなと思っただけだよ。まるで物語の主人公みたいだ」


 ほらやっぱり……って、え?

 は? ちょっと待て、こいつ今なんて……。


「できたよー」


 俺がその言葉の真意を問い質そうとしたその時、お粥をトレイに乗せた紗衣が充分な注意を払って運んでくる。タイミングの悪い奴め。

 お粥は二人分あるようで、俺と武道の前にそれぞれ茶碗が置かれる。


「はい、灯。いっぱい作ったから武道君も食べてって」

「いや、僕は夕飯を買ってしまったから遠慮しておくよ。柊木君とも話せたし、そろそろ帰るね」

「えー、そっか」


 そっか、と言いながら紗衣はそこまで残念そうでも無い。そこは引き止めろよ。お前、ヒロインの自覚あんのか?


「じゃあ、あとはお二人でごゆっくり」

「うん、また明日ね」


 むしろなんかちょっと嬉しそうじゃねえか。初のデートイベントがこんなのでいいのか。


 武道はそのまま何事も無くフェードアウトしてしまった。いや俺にとっては何事どころか一大事だったんだけど。もう武道のことが頭から離れない。やっぱりBLゲーじゃねえか。


 紗衣が用意してくれたお粥を口に運びながらも『物語の主人公』というワードが頭の中で反芻する。

 なんでそんな言葉が出てくるんだ。俺のことを知っているのか? そうだとしたらあいつはどこまで知って──


「ちょっと、聞いてる?」

「聞いてないよ」

「もう、灯のばか!」


 武道のために用意したであろうお粥は紗衣が食べている。もしかしてお前が食べたかっただけなんじゃ……。

 お粥をふーふーと吐息で冷ましていると、紗衣が俺の顔を覗き込んできた。

 近くで見ると結構可愛い……じゃなくて。


「なんだよ」

「明日は学校に来れそう?」

「ああ、まあな」


 そもそも今日はサボっただけだしな。そんなこと口が裂けても言えないけど。やっぱ口が裂けるくらいなら言うかも。


 紗衣が作ったお粥は普通に美味かった。普通に美味いって言葉が褒め言葉なのかは知らんが、お粥くらいなら紗衣にも作れるってことだろう。

 他の家事もそつなくこなすし、意外と女子力が高いのかもしれない。ヒロイン力は低いけど。


「それでさー、今日美咲がさー」

「うんうん」

「聞いてる?」

「うんうん」


 などと紗衣の言葉を右から左に受け流しつつ、俺たちは食事を終えた。割と満足だ。

 体調が悪くなくてもお粥って満足に食べられるんだな。作るの簡単そうだし今度作ろう。水分量間違えてお茶漬けになる未来が見える見える。


「でさでさ、今日桐崎さんと一緒に学校サボったよね。なんで?」

「うんう……ん?」

「うちの教室、校門が見えるじゃん。ホームルーム中に見えたんだよね。路地のところで灯と桐崎さんが一緒にいるところ」


 顔が青ざめるってこういうことを言うのか。

 急速に血の気が引いていくのが自分でもわかる。心臓さん、ちゃんと働いて! 脳に血液供給足りてないよ!

 などと、頭が正常に働かないせいで余計なことを考えてしまう。いつものことか。


 そんなことより、まさか俺たちが校門近くの路地で話してたのを見られていたとは。これはゆ〇式事態だ。間違えた由々しき。

 あの時は確か、一緒に河川敷に行って、何か話して、俺だけ帰ったんだっけか。詳しい内容はよく覚えていない。そこまで重要なことでもなかった気がする。


「別に大した話してねえよ。なんか話があるとかでついて行って、面白い話でも無かったから俺は帰った。桐崎は途中で学校来たろ?」


 なんかこれ、浮気現場押さえられた時の言い訳みたいだなぁ、なんて。じゃあダメじゃね? 超怪しい。


「ホントに? ホントのホントに何も無かったの?」

「ああ、何も無い」

「そっかー」


 首肯して見せると、紗衣は安堵したように微笑んだ。なんでそんなに嬉しそうなの。なんかまずい方向に向かってませんか? 敵を避けた先にトラップがあるローグライクかよ。

 しかしここはフラグブレイカー俺、不穏なフラグをへし折るため動く。


「そもそもお前、なんで普通に接してんの? 昨日泣いてただろ」

「そうだね」

「あとなんで普通に家に居るんだよ」

「心配だったんだもん」

「体調なら心配ねえよ」

「あのね、灯」


 突如として真剣な表情を見せる紗衣。緊迫する空気。俺の危機察知能力が警報を鳴らす。

 あっ、なんかこれ不味くね……?

 そんな嫌な予感は見事に的中する。


「私、あれから考えたの。なんで灯は変わっちゃったのかなって。灯は何か抱えてるんだろうけど、私に力になれることは無いのかなって。結局、考えてみてもわかんなかった。灯は自分のことを人に話さない人だから。ただ、ひとつだけわかったの」


 紗衣はふっと顔を弛めた。さながら最初から用意されていた一枚絵のように。


「灯が私のことどう思おうと、私の気持ちは変わらないなーって」


 終わったな。フラグが折れるどころかバベルの塔建設されちゃったよ、どうすんのこれ。

 鈍感系主人公じゃない限りこれは気付くわ。絶対この子俺のこと好きだよ。自意識過剰とかじゃない。むしろその方がありがたかった。


 やべー、どうすっかなーなんて考えていると、いつの間にか紗衣が俺の隣に座っていた。


「お前、風邪うつるぞ」

「サボりはうつりませーん」


 やめて、私のライフはもうゼロよ! むしろマイナスに突入しそう。心のダメージ、ゼロ地点突破!

 ここまで決意を固めているなら、俺が何を言っても無意味だろう。俺の気持ちは紗衣には関係の無いことなんだ。俺が紗衣を嫌おうと紗衣は俺のことを好きであり続けるだろう。

 しかし俺はこんな状況でもどうにか抗おうと頭を回す。


 ラブコメ 振られ方 検索

 検索結果 諦めて受け入れろ


 ふざけんな壊れてんのか。壊れてんのは俺の頭か。


 何にせよ、このままじゃダメだ。だが今すぐに、というのは難しい。

 やはり最初の作戦を実行するしかない。なんとか俺への興味を無くさせ、新たな主人公である武道少年に好意をうつすしかない。好意って風邪なの? 恋の病って言うしあながち間違ってなさそう。


 とにかく今は耐えるときだ。このまま主人公に戻るのは嫌だ。

 この好意だって、元々予定されていたものだ。恐らく、俺が第四の壁の向こう側に干渉できなくなったのをいいことに、悪質な作者って奴が紗衣との距離を縮めるイベントのタイミングを早めたんだろう。


 ふざけやがって。俺には問題が山積みなんだ。

 明日は間違いなく学校サボった件で桐崎に問い詰められるし、武道にはさっきの事を聞かなきゃならない。前者は自己責任ですね、はい。


 ああ、憂鬱だな。またサボろうかな。俺が引きこもればイベントは起こらないのでは?

 いや無理だわ、そんなの紗衣ちゃんに介護されるバッドエンドルート直通だ。そんな列車は運休して、どうぞ。


 紗衣の言葉に俺は顔を引き攣らせ、ポンコツな頭で余計なことばかり考えていた。

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