第3話 イケメン転校生、襲来!

 学校をサボるってのは、もっと気楽なもんだと思っていた。

 皆が勉学に勤しむ間、好きに遊んで、好きなだけだらけて、自分だけの時間を過ごせると。


 だが、現実はそう甘くない。

 遊びに行く気にも笑う気にもなれない。

 むしろ、学校をサボったという罪悪感だけが俺の心を蝕む。


 唯一の救いはさっきの電話だろうか。

 今日は休むと伝えるため、俺は学校に電話をした。

 電話に応答したのは担任兼国語担当教員の三枝先生だ。


「心が痛いので休みます」

『そうか、ゆっくり休めよ』


 それだけ。

 何も考えずに理由をありのまま伝えたが、三枝先生は二つ返事でそれを飲み込んだ。原因について問い詰めることも、そんな理由で休むなと怒ることもなかった。

 単に面倒だっただけかもしれないが、それでも俺にとってはありがたい限りだ。


 理由はどうあれ、せっかく手に入れた自由だ。何か有意義なことに使おう。



 と、思っていた時期が以下略。

 俺はいつの間にか眠っていたようで、目を覚ました頃には昇っていたはずの太陽が山の陰にさようならしていた。待って太陽! 俺の休み、カムバック!

 天井に手を伸ばしても太陽は帰って来ないようなので、俺はそのまま伸ばした手でスマホを掴む。


 スマホの画面にはSNSの通知が届いていた。

 珍しいな、なんて思っていると誤って開いてしまった。まずい、内容も確認せず既読をつけた。

 しかたがないのでおてがみかいた。さっきのてがみごようじなあに。

 とか頭の中で歌いながら内容を読む。


『今日これから会えない?』


 その名前を見て、やらかしたと思った。

 紗衣からの連絡だ。くそ、ちゃんと確認してりゃこんなの開かなかったのに。

 既読さえつけなければ、もしも明日問い詰められても「ごっめ〜ん、寝てた〜☆」とか言えば誤魔化せたものを……。


 ともあれ、既読をつけてしまったからには返信せざるを得ない。ヤギさんでも電子のお手紙は食べられそうにないしな。


『ちょっと体調悪くて』

『じゃあお見舞い行くね』


 返信早っ! ずっと画面開いて待ってただろってレベルの早さ。恐ろしく早い返信、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。

 しかもこれ、逃げ場がなくねえか? 回避不可能の必中攻撃で即死レベルとかパワーバランス壊れてますよこのゲーム。

 いやまだワンチャンある。可能性はゼロじゃない。便利な言葉だぜ。


『いや、うつすと困るから』

『大丈夫』


 大丈夫? 何が?

 次の返事をするよりも先にインターホンが鳴る。間違いない、奴だ。

 ここがあの男のハウスね、と言わんばかりにインターホンを連打してくる紗衣。音ゲーじゃねえんだぞ。

 可能性はゼロじゃないとか言ったの誰だよ。これ、負けイベントじゃねえか。


 ゲームの負けイベントならここから強くなるルートに進むはずだが、現実はそう甘くない。現実でもないか。フィクションなのに俺に厳しいってどうなの?

 セーブもろくにしてないのにラスボスと対面してしまったので、俺は甘んじてゲームオーバーを受け入れることにした。



 玄関の扉を開けた先には当然ながら紗衣が立っていた。

 それだけならまだ良かった。比較的マシだったと言うべきか。


「やあ、こんにちは」


 爽やかな笑顔を振り撒き、軽く手を挙げる優男。

 どうしてこいつがここに居るのか全く分からない。状況が掴めない。


「なんで武道がここに……?」


 いやホントなんでいるの? アンハッピーセットかよ。注文した覚えないんですけど? クーリングオフは適応されますか?


「私がお見舞いに行くって言ったら一緒に来たいって。灯のこと心配だったみたい」

「教室でも元気が無さそうだったからね。その上体調を崩したと聞いたらいてもたってもいられなくなったんだ」


 わあ、綺麗な笑顔! タレントの方ですか? サインください!

 と思わず色紙を探しに行きそうになったが、ここで一度冷静になる。


 これ……もしかして下校デートイベントなのでは?

 いや間違いない。俺は主人公じゃなくなった。つまりこれは俺に対する仕打ちなどではなく、単にこの二人を近付けるためのイベントなんだ。そう信じないと俺の気がもたない。


 それでも俺を巻き込む必要があるのか、とは思うが、俺の幼馴染と親交を深めるには俺を介するのが一番だ。迷惑だが仕方ない。


 そうと決まればやることは簡単だ。

 きっとこいつらはここに来る口実を作るための手土産を持っている。恐らく、武道がその手にぶら提げてるビニール袋がそうだ。

 それだけ受け取ってさっさとこいつらを帰す。これが俺が巻き込まれない唯一の道だ。


「いやあ、手土産なんて悪いな。ちょっと体調が悪化したみたいで……ありがたいんだけどもう帰ってもらえるか?」


 わざとらしく咳をして武道からビニール袋をひったくる。


「あ、それは……」


 扉を閉めようとして、眉を寄せる武道に止められた。


「それ、僕の夕飯なんだ。返してもらえるかな? 紛らわしくてごめんね」

「あ、そうなんだ……ごめん」


 やらかしたんだぜ、てへぺろ☆

 マジで恥ずかしい。穴があったら入りたい。なんなら自分で穴掘って逃げたいまである。転生したらもぐらだった件。もぉマジ無理……冬眠しょ……。

 実はもぐらって土の中に居るけど冬眠はしないんですよね。


 俺が羞恥心に打ちのめされていると、紗衣が扉に手をかける。


「体調悪いんじゃご飯も作れないでしょ? 私が作ってあげるから入れて」

「あ、いやあ……。部屋散らかってるし……」

「いつものことじゃん。お邪魔しまーす」


 邪魔するなら帰って〜。なんて言う暇もなく、紗衣は俺を押しのけて勝手に家に上がる。

 なんでこんな状況になったんだ? 下校デートでモブの家に入るとかどんなイベントだよ。売れるかそんなギャルゲー。


 そもそも何なんだあいつは。昨日泣いてたくせに、なんで今日は何事も無かったような振る舞いなんだよ。記憶でも飛ばされた? キャトルミューティレーションなの?


 これは徹底的にフラグを折らないといけないらしい。でなければ、俺の未来はお先真っ暗なままだ。

 しかし、家に上がられた以上、満足して帰ってもらう他ないだろう。クリア条件が難し過ぎる。


「あはは、大変だね」

「ああ、まあな……」


 すっかりその存在を忘れていた武道がケタケタと笑い、俺は肩を竦めた。

 他人事のように笑う武道に俺も愛想笑いで返すことしか出来ない。陽キャと対峙した陰キャの気分だ。比喩どころかまんまじゃねえか。


 よくよく見ても顔といいスタイルといい、如何にも女の子が好きそうなキャラだ。

 いい感じに筋肉がついているが、それでいて細身。そして長身。顔もいい感じに整っている。爽やか。清潔感がある。

 悪いな、語彙力がないからいい感じ以上にいい感じに男の見た目を表現する方法を知らないんだ。


 新たな主人公の容姿を観察していると、武道は不思議そうに首を傾げた。


「僕もいいかな?」

「ああ、まあ別に……」

「そっか、ありがとう」


 用意された立ち絵のように綺麗な笑顔を繰り返す武道の圧力に負ける形で家に通す。この笑顔……百二十円! 俺の笑顔は精々マイナス三十円ってところだ。笑っただけで金取られるとかバラエティ番組かよ。


 家に上がり込んだ武道の背中を見て、扉を閉めながらため息をつく。

 下校デートで二人揃って病人モブの家に上がるってどんなイベントだよ。売れるかそんなギャルゲー。このツッコミさっきもしたな、うん。



 だが、これはむしろ好都合かもしれない。

 ここで二人の距離を近付けりゃ俺が主人公に戻される機会も失われる。

 俺が主人公のまま何も起こらず終わっていくなんて、バッドエンドが見えてる物語もつまらねえだろうしな。

 そういう話でも特定の人には好まれそうだけど、今は考えないものとする。確率の問題ではよく使われる手法だね!


 そうとなればこのモブその一が恋のキューピットになってやるぜ! あれ、これって主人公の親友ポジなのでは?

 不穏な思考を揉み消し、俺も二人を追ってリビングへ向かった。

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