童話武装


 キテラは腰のまがったおばあさんです。とっても弱くて力なんてまったくないおばあさんでしかありません。

 そんなキテラですけど、かといってちいさなちいさなサンベリーナに力で負けるはずもありません。だからキテラを足止めしていたのはサンベリーナ女王じゃなくてサンベリーナのお国の民たちでした。

 虫さんたちはたくさんキテラにたかって邪魔をしました。鳥さんたちはキテラをつついて攻撃します。そして一番やっかいなのは動物さんたちでした。特に大きな動物たち、クマさんやオオカミさんたちはとっても強かったのです。大きな身体にするどい牙や爪をもってキテラをおそいました。

 だけどキテラには魔法があります。魔法は空気中を霧のようにただよって、それを吸いこんだみんなを弱らせるのです。それはべつの言いかたをすれば『毒』とも呼ばれます。吸いこんだ者を痺れさせて気分を悪くさせるような毒でした。

 毒でたくさんの民たちが倒れました。それだけで命まであぶなくなることはないかもしれません。だけどとうぶんは動けなくなりますし、ずっと長いこと霧を吸いこんでいたら命もあぶなくなるのかもしれません。サンベリーナは女王ですからそんなことになって大切な民たちを死なせるわけにはいかないのです。

 だからサンベリーナは立ち上がりました。毒はちいさな者たちに特に強くきいてしまいます。だから大きな動物さんたちはなかなか倒れませんし、ちいさな虫さんたちは早くから倒れたのです。

 つまりちいさなちいさなサンベリーナも毒には弱いはずでした。だけどサンベリーナは女王としての義務感と持ちまえのじょうぶな身体でなんとかこらえていたのです。だけどそろそろ限界かもしれません。

「手間をとらせてくれたねえ」

 キテラはつかれたように杖に体重をかけて言いました。魔法を使うのもたいへんなのです。

「はあ……はあ……。おえええぇぇぇ」

 地面にはいつくばってサンベリーナは吐いてしまいます。まだなんとか動けますが、全身が痺れて震えて吐き気が止まりません。それにサンベリーナ以外のみんなはもう誰も彼も倒れてしまいました。大きなクマさんやオオカミさんたちは毒を吸いこんでからも長いこと動けていましたが、彼らももう限界だったのです。

「まだ、まだぁ……。あ、っはははは……」

 たったひとりになってもサンベリーナは立ち上がって笑います。スンのことを信じていましたし、だからこそ自分もキテラをちゃんと足止めしてたえなきゃいけないと使命感を持っていたのです。

 地面にふして泥まみれになっても、震えた身体が冷や汗まみれになっても、自分の吐いたゲロまみれになっても、どんなに汚くなったってサンベリーナは太陽みたいに笑うのです。

「毒も、呪いも、腐食も受けて、まだ笑うのかい。ほんとうにいまいましい。わたしゃ、あんたらのそういうところがほんとうにきらいだよ」

 いやそうなお顔をしてキテラは今度こそ杖を持ち上げました。使える魔法はぜんぶ使ったのです。毒も呪いも腐食も、どれもサンベリーナの笑顔を消すには足りませんでした。

 ですから、最後の魔法でもって終わらせるしかないのです。誰よりもちいさくて、だからこそ誰よりも大きく笑うサンベリーナ女王の笑顔を消すには、その命を終わらせるしかないのです。『死』という魔法を使って。

「目ざわりだよ。死んじまいな」

 今度こそ今度こそ、キテラは間違いなくサンベリーナ女王に杖を振り下ろしました。ぐちゃりとした感触があります。ちいさなちいさななにかをつぶした感触があります。

 だけど夜闇に輝く太陽は、そんなにかんたんには消えないのです。


        *


「間に、合った!」

 ちいさなお声がそう言います。そのあたりからは煙が上がって、それはすこしずつもくもくと大きくなりました。その煙は最後にはひとりの立派な女性くらいの大きさにまでなったのです。

「あっははは! 間に合うって知ってたもん! おつかれ、スンくん!」

 とってもおっきなお声が煙を吹き飛ばしました。あまりに大きいお声でしたのでキテラもつい耳をふさいでしまうほどです。落としてしまった杖の先についていたのはサンベリーナ女王の血じゃなくて、彼女がたくさんたくさん吐いていたゲロでした。

 煙が晴れます。その中から出てきたのは、チューリップの花びらでできたドレスを着ている、太陽のように笑う女性です。人並みな大きさに変わってしまった、サンベリーナ女王です。

「どういう魔法だい?」

 魔女であるキテラにすら知らないことが起きています。葉っぱを傘にできるくらいちっちゃかったはずのサンベリーナが普通の人間程度に大きくなってしまったのですから。

「スンくんが持つ特別な武器の力だよ! 『打ち出の小づち』にはいろんな力があるけれど、ちいさな者たちを大きくすることもできる!」

 あっははは! もうすっかり元気になったみたいにサンベリーナは笑います。その笑い声だけでキテラは吹き飛ばされそうです。ちいさなころでさえサンベリーナのお声は大きかったのですから、大きくなったサンベリーナのお声はほんとうにほんとうにうるさいのです。

「ちょっとおっきくなったくらいで、魔女の魔法が消えたわけじゃないんだよ……」

 とは言いますが、キテラはなにかがおかしいことに気づきかけていました。さっきまですこし動くのも苦しそうだったサンベリーナが大きくなったとたん元気すぎるのです。

 たしかに魔女の魔法、毒も呪いも腐食も、身体の大きなものにほどききにくいです。だけどサンベリーナは大きくなったとはいえ普通の女性くらいの大きさでしかありません。クマさんとかのほうがよっぽど大きいですし、そのクマさんですらもう動けないくらいにあたりは魔法で満ちているのです。

「いや、そうかい。それがあんたの持つ特別な力」

 思い返せばそもそもおかしかったのです。どうしてあれだけちいさなサンベリーナがクマさんやオオカミさんが倒れたあとでもまだ動けたのか。女王としての使命感なんかじゃ説明できません。

 だったら『童話の世界』の王さまや女王さまの使う特別な力。それがサンベリーナのおどろくほどのじょうぶさの理由なのかもしれません。落っことしてしまった杖を拾いながら、そのようにキテラは思ったのです。

「魔法がきかないならわたしに勝ち目はないねえ。悪いけど引かせてもらうよ」

 ひっひっひっひ。キテラは笑います。そして杖をひと振りしました。するとあたりに広がっていた霧がぜんぶキテラのそばにまでやってきて、とっても濃い霧でキテラの姿を隠してしまったのです。

「みんなに悪いことしておいて、逃がすと思ってるの!?」

 サンベリーナは言って、お空に手を伸ばします。ちゅんちゅん。ちいさなツバメさんの鳴き声がして、お空からなにかが落ちてきます。それはサンベリーナの伸ばしたお手てにぴったりとつかまれて、それをサンベリーナは振り下ろします。

 細い剣です。サンベリーナにお似合いなお花をかたどった意匠をこらした剣でした。女王が持つのにふさわしい黄金と宝石をふんだんに使った豪華な剣です。

 大きくなったサンベリーナに合わせたサイズのその剣をサンベリーナはひと振りしました。そのいきおいはすさまじくて、キテラのまわりに集まった濃い霧を一気に吹き飛ばします。

「ひっ、ひいいいぃぃ!」

 笑うみたいにキテラは声を上げました。だけど笑っている場合じゃなくて、とってもとってもピンチです。

 キテラは濃い霧を使って戦います。霧には毒が含まれていて、それを巻き散らして攻撃します。そしてその霧を自分のまわりに集めて姿を消すのです。姿を消すのはこっそり近づくのにも逃げるのにもとっても便利なのです。

 だけどその霧がなくなったらもうどうしようもありません。キテラは年老いて満足に動かない身体をがんばって動かして、とにかく逃げました。杖なんかも放り投げてとにかく急いで走ったのです。

「逃がさないよ!」

 サンベリーナもキテラのあとを追います。追いかけっこが始まりました。



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