サンベリーナとキテラ


 ――『怪談の世界』。

 赤い月がのぼっています。だけどほかのお星さまはほとんど見えません。なぜなら夜だというのに世界はドンチャンとまるでお祭りみたいににぎやかでさわがしいからです。

「うるさい世界だな。戦時中だという自覚がないのか……?」

 いや、それはいい。と、ベートはお空を見上げました。だいぶ遅くなってしまいましたが連れ去られたベートのお国の少女の姿がちらりと見えました。だけどまたすぐに建物のかげに隠れて見えなくなってしまいます。それでも連れていかれた方向は確認できました。

「女王アリスはどちらへ行ったか。彼女のおもわくからははずれてしまうのだろうが……それもしかたがないことだ」

 女王アリスは戦争を起こされたことの真意を問いに行きました。それは場合によっては和解をするために『怪談の世界』の王さまとお話しするつもりで出かけていったはずなのです。

 だけどここでベートが別行動をして乗りこんでしまっては和解をするときにうまくいかなくなってしまうかもしれません。それでもベートは少女を助けに行くことをやめるわけにはいかないのですけれど。

「あ、ベート王だ」

「ヘンゼル。やはりきたか」

 これ以上待ってもこないならベートはひとりで行くつもりでした。だけど包丁を持った男の子は間に合って、ベートと合流したのです。

「そのお姿なのはめずらしいですね。それで世界一かわいいグレーテルはどこにいるんです?」

「…………」

 ベートは黙ったまま指をさしました。もしなにも知らないままでしたらヘンゼルはベート王相手であってもかんしゃくを起こして包丁を叩きつけてきたでしょう。そういう子だと知っていたからベートはすこしだけこわい気持ちでヘンゼルから目をそらしました。

「さすがベート王はすばらしいです。ぼくよりさきにグレーテルを探しにきてくれていたんですね。じゃあ行きましょうか」

 グレーテル、グレーテル。と妹の名前をぶつぶつつぶやきながらヘンゼルはさきに行ってしまいます。ベートももちろんそのつもりでしたけど、最後にもういちど心の中で女王アリスにあやまりながらヘンゼルのあとを追いかけたのでした。


 ――――――――


 ――『童話の世界』。サンベリーナ女王のお国。

 夜になって本格的な攻撃が始まると思われていました。だからサンベリーナ女王はお国の民たち(森に住む虫さんや鳥さんや動物さんたちです)に警戒してお国と自分たち自身を守るようにと呼びかけたのです。

 だけどそのお言葉が実行されるまえに西洋妖怪のキテラに攻めこまれてしまったのでした。キテラは腰のまがったおばあさんでしたが彼女があらわれるなり不思議な力で虫さんも鳥さんも動物さんたちも泡を吹いてその場に倒れてしまったのです。

「なにをしたの……おばあさん……」

 サンベリーナ自身も身体が重くて立ち上がれません。へんな汗も出ますし全身が痺れるようなのです。

「ひっひっひ。不思議な不思議な魔法の力さね。わたしゃ見てのとおりのか弱い老婆さ。そんなわたしに牙をむける悪い子さんたちにはおねんねしてもらっただけさ」

 真っ黒なローブで顔まで隠したキテラは口もとでちいさく笑います。杖をついていなければ歩くのもたいへんそうな様子ですのにサンベリーナのところまで歩いてきますと、その杖を持ち上げてサンベリーナを叩こうとしてきます。ちっちゃなサンベリーナにとってそれは隕石が降ってくるくらいのおそろしさでした。

「どうしてあんたみたいなのが『王さま』をしているのかわからないけど、これでひとつ『王さま』も倒せた」

 ひっひっひ、と笑いキテラは杖を振り下ろします。そのときでした。

「女王に手は出させんっ!」

「ひえっ!」

 どこからともなく声が聞こえたかと思えば、キテラは目のそばを傷つけられていました。そのせいですこしまえが見えなくなりサンベリーナを狙った杖はべつのところを叩くだけですみました。

「サンベリーナ女王!」

「スンくん!」

 スンはサンベリーナ女王のまえに立ちキテラに向かってちいさな剣を向けました。先のとがった細い剣です。というよりそのちいささですとつまようじみたいです。そうです、スンはサンベリーナと同じくらいちいさな男の子なのです。

「スンくん! ここはなんとかするから、あれ・・を持ってきて!」

「……!? 女王を置いていくわけには……! それにあれを使うおつもりですか!?」

「この場所には魔法……ううん、毒がみちている。あなたならまだ動けるはず。それにわたしも……まだ動ける」

 気丈にサンベリーナは立ち上がって拳をかまえました。全身はふるえていますしいっぱい汗をかいています。それでもサンベリーナは女王ですから、そこに倒れた民たちを守らなければいけないのです。

「急いで! スンくん!」

「……サンベリーナ女王のおおせのままに!」

 すこしだけ迷っていましたが、スンもサンベリーナの言うとおりにすることに決めたみたいです。まだ毒をすこししかくらっていないスンのほうが速く動けます。だからサンベリーナにその場所をまかせて自分があれ・・を取りに行くほうがいいとスンも思ったのでした。

「なにをする気か知らないが、そう簡単に行かせるわけが……!」

 キテラは急いでスンを追いかけようとします。ですけどスンの動きはとっても素早くて、それにサンベリーナ女王が立ちふさがっていますし、クマさんやオオカミさんのような大きな動物たちはまだ動けるみたいで立ち上がってきたのです。

「……まあいいさ。女王を置いて逃げた部下が後悔する顔を見るのもおもしろそうだしねえ」

 ひっひっひっひ。キテラは笑います。

 たしかにスンを逃がしましたし、サンベリーナもクマさんもオオカミさんも立ち上がりました。状況を見たらキテラのほうが圧倒的に不利に思えます。

 だけどキテラにはまだまだ魔法の力が残っていましたし、サンベリーナも動物たちも毒でたいして動けません。キテラはまったく負ける気がしていませんでした。

「あっはははは……! わたしたちは後悔しないの! だってわたしたちは……負けないんだから!」

 だけどサンベリーナのちいさくておっきな笑顔だけが気に食わないのでした。どんなに叩きのめされても消えない笑顔が。

 だからキテラはこの戦争に参加したのです。『童話の世界』は主人公たちの集まりでした。それにひきかえ『怪談の世界』は悪役の集まりです。はじめから退治されることが決まっている者たちの世界なのです。

 そういうふうに・・・・・・・生まれたのです・・・・・・・。だけどそんなこと受け入れられるはずもありません。なんにもしていないのに捕まって、痛くて苦しい思いをさせられて、そして倒されてしまうなんて。

 もう理不尽に負けを決められるのなんてまっぴらです。苦しんで泣いて生きるなんてまっぴらです。

 だからキテラは笑います。ひっひっひっひ。おぞましくておそろしい魔女の姿のまま、それでも負けないように、笑うのです。



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