リトルは大切なことを知っている


 変なの。リトルは思いました。

 みんなみんな、考えたってわからないことを考えて難しい顔をしてる。リトルはそう思うのです。

 日常を変わらずつまらないものとして過ごしたり、どうなるかわからない未来を怖れたり、ときにはいやなことが起きるのを待ちかねていたりする。どうしていまこのときが大切なんだってわからないんだろう。リトルは世界を見渡して思いました。

「ぼくたちにはこんなに世界があるのに!」

 草木のさえずり。風の抱擁。大地の匂い。その無限の中に営む生きとし生けるすべて。どれもが一回きりで二度と巡り合うことのない奇跡なのに、どうして誰も見向きもしないのだろう。

 リトルにはそれがほんとうに不思議でした。

「ぼくたちはぼくたちであるまえに、ぼくたちなんだけどなあ」

 すこしいじけたようにリトルはぼやきます。リトルはすこしだけその世界では先んじていましたから、彼の疑問に答えられる者はいませんでした。

 その世界の中には。

「おやおやこれは、リトル王」

 がさがさと草木をかき分けて、クラウンが姿をあらわしました。クラウンはいつも通りに大きな口で笑っている仮面をつけていたので、なんだか楽しそうでした。

「クラウン。なにを探していたの?」

「はて、いつぞや落っことした良心などを」

「それはたいへんだ!」

 リトルは驚いてはいつくばりました。そしてそのままの姿で周囲を探し始めます。良心は誰にとってもすごく大切なものだからです。

「ああ、いやいや、それはもう見つかりましたので」

 クラウンは笑うような声で言いました。だからリトルは安心して立ち上がります。

「本当は女王アリスをお見送りにね。だいぶ気負っておいででした」

 おいたわしや。とでも言うようにクラウンはうなだれました。そのはずみで頭に乗っかった王冠がずり落ちそうになって、それを慌てて立て直します。

「アリスもわかっていないんだ。まだなにも起きていないうちから考えこんでもどうしようもないのに……」

 リトルは残念がるようにそう言います。アリスのことは気に入っていたからなおさら残念に感じてしまいました。

「まったくごもっとも」

 クラウンはリトルという王さまをおだてるように言いました。小刻みな拍手まで披露する徹底っぷりです。

まだ・・、なにも起きていないのですからね」

『まだ』を強調してクラウンは言います。リトルはきょとんとしてクラウンを見ました。

 赤い月を背負ったその仮面は、どうしてだかその奥の表情よりよほどクラウンの感情を物語っているように、リトルには見えたのでした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る