対決。――だが
コンビニに寄って公園にきたオレは、誰もいないベンチにドックフードを設置した。
「ししょー。これ、何してるんです?」
「トラップさ。奴は犬。ならば、ドックフードに目がないはずだ」
店で水をぶっかけた後、すぐにその場を離れたオレ達は、奴を別の場所で迎えることにしたのだ。
オレの見立てでは、奴は腹を空かせている。
無限の食欲が奴を狂わせ、今回の凶行に至らせたのだ。
ベンチの裏にある木陰に隠れ、オレは煙草に火を点けた。
「あの、ししょー。相手犬ですよ?」
「ワンちゃんだろう? なんだ、怖いのか? ふっ。可愛いところもあるもんだ」
サナエはベンチとオレを交互に見た。
「え、いや、……臭いでバレるよ?」
「甘いな。ここは空気が澄んでいる。日中もそれほど子供達が遊ぶ場所ではないんだ。自然も多い」
サナエが顎に手を当てて考える。
すぐに顔をしかめ、首を傾げた。
「……余計な臭いがないから、……分かりやすいんじゃ」
「なんだと?」
「あちし、ししょーの事、好きだけどぉ。……なんか、放っておけないんだよね」
なんだ。
恋愛の話か。
悪いが、いくら発育の良い女子とはいえ、オレは子供に手を出すほど愚かではない。
「オレが好きなのは、熟女だ」
「きっしょ」
「おい。口に気を付けるんだ」
サナエはイヤーマフを外し、周りに耳を澄ませている。
飲み街から離れているため、余計な音がないはずだ。
「ふーっ。サナエ。お前はもう帰るんだ」
「無理ですよ」
「あのなぁ。オレは遊んでるわけじゃないんだ。命が懸かってるし、危険な仕事なんだよ。お前を巻き込むわけにはいかない」
「……でも、ししょーが戦ってる所、一回も見たことが……」
「静かに。何か物音がするぞ」
公園の入口に何かがいた。
大きさは、23cmといったところか。
耳がデカくて、体格は小さい。
奴を見た途端、オレは確信した。
――お出ましってわけか。
オレの心に答えるかのように、奴は唸り声を上げる。
「ヴヴヴヴ……っ! そこにいるのは分かってんだぞ! 出てこい!」
「し、ししょー」
「大丈夫。バレてない」
怯えるサナエを後ろに隠し、オレは催涙スプレーを取り出す。
「木! 木の裏にいるだろ!」
「……何のことを言ってるんだ」
あろうことか、奴はベンチにあるドックフードには目もくれず、トテトテ歩き出した。
「ただ用を足してただけなのに! よくも水を掛けやがったな!」
「いや、ししょー。バレてますって」
「素人は黙ってろ」
「……来てるんだけどな」
身軽に飛び跳ね、ベンチに上がると、奴は背もたれから顔を覗かせた。
その視線は、真っ直ぐにオレ達が隠れている木陰に向けられている。
「出てこい! 狩人だろ!」
どうやら、オレ達が潜伏していることは、奴にバレていたようだ。
覚悟を決めたオレは、木陰から出て、煙草を咥える。
「勘の良い奴だな。どうしてわかった?」
「おま、本気で言ってんのか⁉ 煙草消してねえじゃん! 体臭も濃いし、臭いで分かんだよ!」
ベンチの背もたれに乗っかる小さな姿。――チワワだった。
奴の正体は、チワワというケモノだ。
煙草を足でもみ消すと、すぐにサナエが拾い始める。
「ふん。鼻だけは良いんだな」
「なに?」
「お前、どうして自分がここまで追い詰められてると思う?」
「……なっ、さっきから、アンタ何なんだ!」
「話を聞け! いいか。お前が夜な夜な飲み街にある店舗を荒らしまわってるのは割れてるんだよ。反省の色さえ見せねえなら、オレが動くしかねえ」
「だからって、水掛ける事はねえだろうが!」
チワワがぐるると唸る。
緊張の汗が額から鼻筋を伝って落ちていく。
懐にあるスプレーを掛ければ、オレの勝ちだ。
ジリジリと迫ると、チワワがベンチから下りて、オレから距離を取る。
「お前が飲み街を荒らさないと言ったら、オレは手を引く」
「……断れば?」
深呼吸を一つして、オレは大地を蹴った。
「退治だ」
チワワは歩幅が小さい。
オレが飛び掛かる距離と比べれば、避けるには倍の歩数が必要。
頭からスライディングをかまし、オレはスプレーを噴射した。
「食ら――」
プシュ。
スプレーを噴射した直後、異変が起きた。
前方に目掛けて噴射した霧。
玉ねぎや香辛料を入れた特殊なスプレーは、確かに白い水の膜を張った。
だが、予想外だったのは、そこにオレが顔から突っ込んだことだ。
「えあああああああ⁉」
スプレーを捨てて、オレは顔を押さえた。
目に激痛が走る。
眼球だけではない。
鼻や喉の奥までヒリつく痛みだ。
「おえぇ! げっほっ。なんだ、これ!」
チワワがキャンキャンと吠える。
濁った視界の中、奴も被弾したようで、目を閉じて悶えていた。
だが、今はそれどころではない。
「くそ。サナエ! いるんだろ!」
「は、はい」
「水! 水を持ってきてくれ!」
「え、でも、この季節、水道の元栓閉められてるよ?」
何てことだ。
公園を選んだのは失敗だった。
「はぁ、うはぁ、……はっ、はっ。どこだぁ。水。水ぅ!」
「ま、待て!」
腕に重みがあった。
チクチクとした痛みで、オレは事態を察する。
奴が攻撃してきたのだ。
鋭い犬歯がオレの手首に食い込み、ほふく前進で移動すると、奴もまた砂利の上を引きずられた。
「おまえらけ、ずるいじょ!」
「離せ! くそ。どうすればいいんだ! 時間が経つごとに、目が痛い」
「何を入れたんだよ!」
「玉ねぎと香辛料だ! ワサビも入ってる!」
「馬鹿野郎!」
重みは手首から背中に移った。
追撃をかまされるかと冷や冷やしたが、奴も動ける余裕はないみたいだ。
「サナエ! コンビニ! コンビニで水を買ってこい!」
「あ、はい。ししょー、動かないでね?」
「何なんだよ、お前ぇ!」
オレは敵と刺し違える形になり、砂利の上で呻くことになった。
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