全部聞こえる
居酒屋に女子高生を連れ込む。
見つかったら、大問題だ。
「んふっ。美味ひっ」
「そういえば、お前。昨日だか、頼み事あるとか言ってなかったか?」
結局、女王様来日の話で流れてしまったが、オレは気になっていた。
「うん。ししょーに、んぐっ。ハイレグレオタード着てもらおうと思って」
「何の需要があるんだ?」
サナエの頼みに戦慄してしまった。
43歳のデブのおっさんが、ハイレグレオタードを履いて誰が悦ぶのだろう。
というか、色々と人としての尊厳を失ってしまう気がする。
サナエは焼き鳥を食べながら、ニコニコとした。
「すんごいんですよ。あのレオタード」
「あの、ってことは、お前。もう持ってるのか……」
「持ってるぅ。食い込みえげつなくて」
「いや、だから。それを着る意味を……」
「なんかぁ。アラミド
ビールを口に含み、オレはある結論に辿り着いた。
「本部から防護服が届いたってことか」
狩人の本部だが、日本の場合は分散型だ。
こういう点は馬鹿じゃない。
北海道。関東。関西。九州。
四つに分けて、本部がある。
これの利点は、本部が一つ潰れた所で、それぞれに点在する場所は機能を失わないという所だ。
一見すると、まとまりがない。
だが、違う。
日本を護るため、『調停官と防衛の役割』を理念としている。
この理念を共通としているからこそ、目的は常に一緒。
海外にはない、独自のまとまりがある。
あと、四つの本部をまとめている者がいるそうだが、本部の数人しか知らないそうで、大半は会ったこともない。
この辺は情報が漏れるのを防ぐためだろう。
その本部から支給が入ったのだ。
そして、オレは煙草に火を点け、こう考えた。
「本部、……狂ったのか?」
なぜ、ハイレグレオタードなんだ。
どうして、おっさんのオレに着せようとする。
「レオタードにしなくても……」
「え、それ、あちしが作業室で加工してぇ」
「おい。元の形は?」
「えぇー、と。なんか、ピッチリしたスーツみたいな感じ。でも、ししょー太ってるから。入らないだろうなぁ、って。ほら。特殊な機械ないと切れないじゃない。だから、作業室で、こう、ししょーのために着やすくしてあげようって」
全身を保護するためのピッチリスーツを加工したらしい。
それで仕上がったのが、ハイレグレオタードだという。
つまり、失敗したのだ。
「お、お前な……」
「ししょーのために何かしたかったんだもん」
俯いたサナエが、チラチラとオレに視線を向けてくる。
本当なら怒らないといけないんだろうが、こいつに悪気がないのは知っている。
いつだって、生きる事に一生懸命なやつだ。
大方、本当にオレの事を考えてくれたんだろう。
「……ごめん」
「もう、いいけどさ。レオタードはないだろう。手足のところ、七分くらいにしてくれたら、それで良かったんだが……」
「怒らない?」
「ああ」
「よかったぁ」
焼き鳥のたれで汚れた口元が、一気にほころんだ。
「ハルカちゃんと一緒に、えっちな本捨てた事も怒らない?」
「サナエ。お前は犯罪を犯した」
「え?」
「それはダメだ。いいか? 裸体を見る事で、生物学を学んでいたんだよ。お前は参考書を焼いたんだ」
「……でも、女の人しか載ってなか――」
「それはいけない」
久々に本気でキレそうになり、オレはこめかみを押さえる。
どうして、生物学の本を捨てるのか。
オレには理解できなかった。
「……怒らないでよぉ」
「ふぅ。どうして、こう、いつも変なことばかりするんだ」
「わかった。もう、いい」
拗ねたか、と思いきや、頬を膨らませたサナエが言った。
「あちしの写真壁に貼っておく」
「おい」
ハルカに怒られる。
ていうか、殺される。
「ししょーのためを思ってやったのに」
「分かったから。変な真似すんな。だいたいな、お前レオタードにしたものは支給品で――」
サナエがハッとして顔を上げた。
ゆっくりと頭に被ったイヤーマフを下ろし、耳を澄ませている。
「どうした?」
今のこいつには、周りの音が全て聞こえているはずだ。
半径300m以内なら、どの音だって拾ってる。
店から出て、人々の行き交う様子。
周りの談笑。
バカ笑いする声だって、全部。
鼓膜を刺激されて、初めは辛そうにしていたが、サナエは真剣な表情で顔を上げた。
「し、ししょー」
「なんだ?」
声のトーンを落とし、オレは聞いた。
「出た……かも」
「なに?」
店はまだ閉まっていない。
しかし、サナエは優れた聴覚で何かを拾ったらしい。
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