第 66 話

「お礼をするって……」


 今回のことは泣き寝入りするしかないというのは分かっている。

 しかし、エルヴィーノは理不尽が嫌いだ。

 そのため、エルヴィーノがオフェーリアに貴族の名前を聞いた時に、セラフィーナは何か違和感を覚えていた。

 きっと、何か考えているのだと。

 そう思って問いかけたが、返ってきた答えにセラフィーナは少し戸惑う。


「密入国するのですか?」


「あぁ」


 現在、ハンソー王国は内乱状態になっている。

 元々良くも悪くもない関係のため、この機に攻め込んでしまえば良いのではないかという意見もあるのだが、そうすると他国がカンリーン王国に攻め込んでくるという可能性も考えられる。

 同様の考えのため、カンリーン王国を始め、周辺国も内乱が治まるまでは静観の構えでいることだろう。

 そのため、どの国とも交易がストップしている状況だ。

 そんななか、エルヴィーノはベーニンヤ領に向かうつもりでいるようだ。


「結構荒れているようですが……」


「まぁ、俺1人なら大丈夫だろ」


 いつどこで戦いがおこなわれているか分からないそんな国に侵入したら、どこから流れ弾ならぬ、流れ魔法が飛んでくるか分からない。

 いくらエルヴィーノでも危険なため、セラフィーナとしては、そんなところに行ってほしくはない。

 そのため、止めようと思っていたセラフィーナだったが、エルヴィーノは何でもないように呟く。


「1人で行くのですか?」


 1人だけで行かせては危険なため、自分も一緒に行きたいと伝えようと思っていたが、それを制するように呟いたエルヴィーノの言葉にセラフィーナは思わず反応する。


「セラも連れていっても良いんだが……」


 今回は、完全にエルヴィーノの腹いせのため、1人で侵入するつもりだ。

 ハンソー王国に密入国して、悪徳貴族の領に侵入するのだから、危険なことは分かり切っている。

 しかし、細心の注意を払って隠密行動をすれば、恐らくバレることはないだろう。

 魔力の消費量が高いが、闇魔法はそう言った行動をするのにうってつけだ。

 それに、もしもの時は転移魔法で離脱することも難しくないため、特に難しいことではないだろう。

 それは、同じく闇魔法を使用するセラフィーナも同様のため、以前のボルグーゼ男爵の事件の時のように連れて行っても問題はない。

 しかし、そうすると問題がある。


「誰がオルを見てるんだ?」


「……そうですね」


 さすがに今回はオルフェオを連れて行くつもりはない。

 密入国をして、ベーニンヤ伯爵の居場所を見つけ出し、今回のお礼参りしてくる。

 それをするには、数日はかかるだろう。

 その間、オルフェオの面倒を見てくれる人間が必要だ。

 このシカーボのギルド長であるトリスターノなら、頼めば引き受けてくれるかもしれないが、そうなると預けるための理由を聞かれることになる。

 嘘で誤魔化すにはそれ相応の理由が必要のため、彼に頼むのは難しい。

 そうなると、エルヴィーノが頼めるのはセラフィーナだけだ。

 エルヴィーノの言葉を受けてセラフィーナもその考えに至ったのか、オルフェオの面倒を見ることを受け入れた。


「オル君は大丈夫でしょうか?」


 初めて会った時から、オルフェオはエルヴィーノも懐いている。

 ずっと一緒にいるエルヴィーノがいなくなった時、オルフェオがどんな反応するか分からない。

 セラフィーナはその点が心配だ。


「……大丈夫だろ?」


 セラフィーナの言葉を受け、エルヴィーノは胸に抱くオルフェオの顔を見つめる。

 少し前も商店街のみんなに話しかけられ、オルフェオは笑顔を見せていた。

 そもそも、オルフェオが人見知りしたり、大泣きしたりするところを見たことがない。

 たとえ、自分が数日いなくなったとしても問題ないだろうと、エルヴィーノは考えた。


「あう~!」


「……そうですね」


 近くを飛ぶ蝶々が気になったのか、オルフェオは追いかけるように両手をバタつかせる。

 たしかにオルフェオは手のかからない子だ。

 夜泣きもせず、オムツやミルクの時以外に泣いているのを見たことがない。

 元気に動き回って困るときはあっても、その程度は迷惑の範疇ではない。

 たしかにエルヴィーノがいなくても平気かもしれないと、セラフィーナも考えるようになった。


「まぁ、少しぐらいは寂しそうにしてくれたら嬉しいがな」


「フフッ! そうですね」


 自分の子ではないが、黒髪黒目の共通点もあって、父性心が芽生えても不思議ではない。

 いつも明るく元気なオルフェオだが、自分のことを必要と思ってくれているとなれば、エルヴィーノとしてはやはり嬉しい。

 そのため、自分がいなくなったら少しくらい寂しく思ってもらいたいものだ。

 そのことを告げると、セラフィーナはおかしそうに笑い声を上げた。


「まぁ、明日から行動するためにも、今夜は美味いものでも作るか」


「期待してます!」


 本当にオルフェオが寂しがったらと思うと、あまり時間を掛けたくない。

 そのため、エルヴィーノは明日からベーニンヤ領に侵入して情報収集を開始するつもりだ。

 その英気を養うために、家に付いた途端キッチンへと向かい、腕によりをかけた夕食づくりを開始した。

 そして、完成した料理をみんなで楽しく食べ、速めに就寝したエルヴィーノは、翌日の早朝、ハンソー王国に向けて移動を開始した。


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