第 65 話

「ところで……」


「はい?」


 誘拐犯の狙いも聞けたことだし、エルヴィーノたちはクラン【鷹の羽】が拠点としている建物から去ろうとした。

 しかし、その前にエルヴィーノは立ち止まり、クランリーダーのオフェーリアに顔を向ける。

 まだ何か聞きたいことがあるのかと、オフェーリアは首を傾げる。


「その貴族の名前は分かったか?」


 ハンソー王国の貴族による冒険者の誘拐事件。

 捕まえた犯人たちは、隣国であるこのカンリーン王国の東の地区を転々としながら犯行を重ねていたようだ。

 エルヴィーノが聞きたいのは、犯人たちにそれを指示していた貴族の名前だった。


「たしかベーニンヤ伯爵だという話よ」


「そうか……」


 オフェーリアの返答に、エルヴィーノは周辺の地図を思い浮かべる。

 そして、ベーニンヤ伯爵領がハンソー王国の西側にあることを思い出した。

 ハンソー王国の状況から、現在渡航規制が掛かっているため、いききすることは憚られている。

 しかし、国境となるキタン川の幅が狭いところを探せば、あちら側から密国することなんてそこまで難しいことではない。

 たしかにベーニンヤ領なら、やろうと思えば無理ではなさそうだ。


「じゃあ!」


「えぇ」「あぁ」


 質問の答えを聞いたエルヴィーノは、今度こそ退室することにした。






「今日の夕飯は何にするか?」


 クラン【鷹の羽】の拠点からの帰宅途中、エルヴィーノは食材の調達のために商店街を歩く。

 幾つかの店舗を通り過ぎたところで、セラフィーナに問いかけた。


「お肉料理なら何でも!」


「お前はいつもそれだな。まぁ、いいけど……」


 肉好きのため、セラフィーナはエルヴィーノの問いにいつものように答える。

 セラフィーナの体のことを考えたら肉ばかり食べるのもどうかと思うため、エルヴィーノは注意しようと思ったが言葉を飲み込んだ。

 食欲旺盛なのにもかかわらず、彼女のスタイルはかなり良いためだ。


『闇魔法で消費しているからな……』


 セラフィーナのスタイルが良い理由。

 それは、彼女が使用する闇魔法も一因だろうとエルヴィーノは予想している。

 闇魔法はどれも魔力を大量に消費するため、体力も消費される。

 そのため、カロリーも消費されるから、食べる量が多くても太ることが抑えられているのだろう。

 同じように闇魔法を使用することから、エルヴィーノはそう結論付けた。


「まぁ、うちは肉食ばかりだからな……」


 肉好きなのはセラフィーナだけではない。

 エルヴィーノの従魔でフクロウの魔物のノッテとジャック・オ・ランタンのジャン、それとセラフィーナの従魔でオンブロガットという魔物のリベルタも同じだ。

 この世界には牛・豚・鶏・羊・山羊などの肉だけでなく、色々な魔物の肉も存在しているが、それぞれ微妙に味が違うので飽きることがない。

 そういった部分もあるため、肉好きが多いのは仕方がないのかもしれない。

 結局、セラフィーナの言うように肉料理は最低でも1品は必要となってくる。

 そのため、エルヴィーノはいつものようにどんな肉料理を作るかを考え始めた。


「あう~」


「もう少ししたら、オルにも俺の料理を食べさせてあげるからな」


 自分も食べたいと言うかのように、エルヴィーノの胸に抱かれているオルフェオが声を上げる。

 セラフィーナや野獣たちが、毎日嬉しそうにエルヴィーノの料理を食べているのを見ているからか、最近オルフェオも食べたそうに見ている時がある。

 しかし、離乳食を与えるにはまだ少し早い気がするため、オルフェオにはもう少しの間ミルクで我慢してもらうしかない。

 そのため、エルヴィーノはオルフェオを宥めるようにあやした。


「ところで……何を考えているのですか? エル様」


「んっ? 何がだ?」


 食材を買い終えて家までもう少しまでというところに来たところで、セラフィーナがそれまでと違うトーンで問いかけてきた。

 何のことを言っているのか分からないため、エルヴィーノは首を傾げる。


「オフェーリアにした最後の質問ですよ」


「あぁ、あれか……」


 何のことかと思ったら、オフェーリアに聞いた貴族のことだった。

 犯人たちの証言によって今回の犯行を指示した貴族の名前が判明したところで、証拠があるわけではない。

 そのため、カンリーン王国としては手を出せない。


「何か考えていますよね?」


「あぁ……」


 もしも、カンリーン王国がハンソー王国に手を出そうものなら、難癖をつけて侵略戦争を仕掛けたと、周辺国から非難を受けることになる。

 そんな批判を避けるためにも、今回のことはこのまま終焉を迎えてしまうことになるだろう。

 そのことについて、エルヴィーノが何か考えている。

 長い付き合いから、セラフィーナはそのことを感じ取っていた。


「舐めた真似してくれたお礼をしようかと思ってな」


 カンリーン王国としては手を出せない。

 だからと言って、このまま泣き寝入りのような終わり方を受け入れたくはない。

 そのため、何かを企んでいるかのように、エルヴィーノはニヤッと笑みを浮かべてセラフィーナの質問に返答したのだった。


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