第 40 話
「クラーケンにシーサーペントとは……」
領主邸の庭に並べられた巨大な魔物の死体。
それを見て、この領主邸の主であるグラツィアーノは、驚きの表情で声を漏らす。
「こんな大物までいるとは思わなかった。エルヴィーノ殿、感謝する」
色々な海の魔物が出現しているのは分かっていたが、ここまで強力な魔物までもが出現していたとは思ってもいなかった。
もしも領兵や冒険者たちが遭遇していたら、どれだけの人数が被害に遭っていたか分からない。
そのため、グラツィアーノは脅威を排除してくれたエルヴィーノに対し、感謝の言葉と共に頭を下げた。
貴族が平民に頭を下げるなんて、余程のことがない限りあり得ない。
しかし、今回の魔物討伐はこの領の経済にとって重要なこと。
頭を下げない方が無礼であると、グラツィアーノは判断したのだろう。
「いいえ、依頼を達成したまでです」
エルヴィーノからすると、こちらとしてもメリットのある依頼だった。
クラーケンはともかく、シーサーペントの身は色々な料理に使用できる。
食欲旺盛の自分や従魔たちからすると、大量の食糧ゲットはありがたいことだ。
シーサーペントの肉だけでも、かなりの間腹いっぱいになるほど食べることができるだろう。
「何か礼をしたい。求めるものはあるか?」
「お礼なんて必要ありません。それよりも、この子の件をお願いします」
食料をゲットしただけでも嬉しいが、それに加えてクラーケンとシーサーペントの魔石も手に入った。
これを売れば、結構な値段になるはずだ。
なので、これ以上の金銭など求めるつもりはない。
しかし、せっかくなので、エルヴィーノはオルフェオの親の捜索に力を入れてもらうことを求めた。
「もちろん任せてくれ。できる限りの手を尽くそう」
息子の命のみならず、今回のことでこの町を救ってくれたといってもいい。
そんなエルヴィーノの頼みだ。
自領だけでなく、周辺の領地にも捜索をかけるようにするつもりだ。
「お聞きしたいことがあるのですが……」
「んっ? なんだね?」
このシオーマの町の近海に出た魔物について、エルヴィーノは気になっていることがある。
その疑問を解消するため、エルヴィーノはグラツィアーノに尋ねることにした。
「どうしてあんなに魔物が出現したんですか?」
海に魔物が出現することは珍しくはない。
しかし、今回出現した魔物の数は異常とも言っていいくらいだ。
こうなったことには、何かしらの理由が存在しているはず。
エルヴィーノは、その理由が知りたかった。
「セノーイ帝国とナーチュ王国が戦争を開始したそうだ」
「……そうですか。とうとう……」
エルヴィーノたちが住むカンリーン王国と、山脈を挟んだ東隣にあるのがセノーイ帝国で、その帝国と海峡を挟んだ北にあるのがナーチュ王国だ。
昔から仲が悪く、衝突を繰り返していた両国。
ここ数年、また戦争を開始しそうだという噂がこの国にも広まっていたが、どうやら開戦したようだ。
グラツィアーノの話を聞いて、エルヴィーノは納得した。
両国は海峡を挟んでいるため、戦争となるとまず海戦が引き起こされる。
そのため、その海峡に潜んでいた魔物たちがカンリーン王国の方に流れてきたのだろう。
海峡に住んでいる魔物は、エルヴィーノが倒したレモラやポルコ・ペッシェのような小型・中型の魔物で、その魔物を餌とするクラーケンやシーサーペントのような大型の魔物が釣られて、大海からやって来たのだろう。
「代替わりして、治まっていたと思ったんだけど……」
戦争が開始されたと聞いて、エルヴィーノはセノーイ帝国が攻め込んだのだと判断した。
というのも、昔から帝国は周辺国に攻め込み、勝利を得ることで領地を得てきた。
3年前に前皇帝が病で亡くなり、代替わりしたことで他国へ攻め込むようなことはなくなっていた。
イケイケの前皇帝とは違い、現皇帝は周辺国と融和を図る方向に進んで行っているように見えた。
そのため、エルヴィーノは今回の開戦を意外そうに呟いた。
「いや、帝国が攻め込まれた形だ」
「えっ?」
勘違いしている様子なので、グラツィアーノは訂正する。
それを受け、エルヴィーノは戸惑いの声を上げる。
帝国が攻め込むことはあっても、ナーチュ王国が攻め込むことは今まで一度もなかったからだ。
温厚と思われるナーチュ王国から攻め込むなんて、予想外もいいとこだ。
「皇帝が変わって、周辺と融和方針に変えたことが逆に揉めることになったようだ」
「……どうしてですか?」
現皇帝が融和政策に変えたなら、揉めることなんてありえないだろう。
それが逆に揉める原因になるなんて、その理由がよくわからないエルヴィーノは問いかける。
「他の周辺国が帝国と手を組むようになれば、いずれ徒党を組んで自分たちに攻め込んでくる可能性があるとナーチュ側は判断したらしい」
「そうですか……」
これまでの帝国との関係から、ナーチュ側がそう考えてしまうことは分からなくはない。
あり得ない話ではないが、その可能性はかなり低いと思われる。
そもそも、帝国と手を組むにしてもこれまでのことがあるため、長い年月をかけて関係を築かなくては信用することはないだろう。
それまでの期間を利用して、ナーチュ側も周辺国との関係強化を図っておけば、その可能性をさらに低くすることができるはずだ。
そのため、エルヴィーノとしてはナーチュ側の早とちりのように思える。
「……ということは、もしかしたら、まだ魔物がこちらに流れてくる可能性があるのでは?」
「……そうだな。その可能性もなくはないな……」
海峡での海戦が行われているということは、それが続く限り海峡にいる魔物たちがまだまだ流れてくる可能性があるということだ。
そうなると、またクラーケンやシーサーペントのような強力な大型魔物も出現するかもしれない。
その考えに至ったエルヴィーノが問いかけると、グラツィアーノは同意した。
「では、もう数日魔物退治に参加した方が良いかもしれないですね」
「申し訳ないが、そうしてくれると助かる」
オルフェオの親探しのこともあるため、いつまでもというわけにもいかないが、魔物がこちらに流れてくる数が減るまで討伐を続けた方がいいだろう。
そう考えたエルヴィーノは、もう数日この町に滞在することに決めた。
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