第 41 話

「おぉ!! 巨大蟹だ!!」


 船の上から海面を眺めるエルヴィーノ。

 魔力で強化した視力と探知魔法を利用して、海中に潜む魔物の捜索をしていたところ、巨大な蟹の魔物を発見して嬉しそうに声を上げた。


「……上がってきませんね」


 エルヴィーノと同様に、セラフィーナも巨大蟹を発見した。

 しかし、その巨大蟹は海底にいて動かないでいる。


「……う~ん。釣るか……」


「釣る?」


 こちらに気付いているのかいないのか分からないが、巨大蟹は動く様子がない。

 この状態でも攻撃することはできるが、深い位置にいるため、相当な威力の魔法を放たないと、巨大蟹を仕留めることはできないだろう。

 しかし、それだけの威力を込めた魔法を放つと、巨大な波が立ってこの船が転覆しかねないため、エルヴィーノはこのまま攻撃するより、こちらに近づけてから攻撃をした方が良いと考えた。

 かといって、相手からこっちに来てくれる様子がないのだから、無理やりこちらに近づかせるしかない。

 その思いから呟いたエルヴィーノのつぶやきの意味が分からず、フィオレンツォは首を傾げる。


「魔力を紐状にして、体の一部に巻き付けて引き上げる」


「……そ、そんなことができるのですか?」


「あぁ」


 フィオレンツォの疑問に対し、エルヴィーノはやり方を説明する。

 大規模なものではなく、指先に集めた魔力を伸ばして、言葉通り紐状にしてだ。


「動くまで待った方がいいのでは?」


 余計な労力を使って、わざわざ釣り上げる必要があるのあろうか。

 そう感じたフィオレンツォは、エルヴィーノに待つことを勧める。


「いや、逃げたらもったいないだろ? あれ美味いんだぞ」


「……あぁ、そういうことですか」


 何故だか、エルヴィーノがやたら倒す気満々のように見える。

 どうしてなのかと思っていたが、すぐに理解できた。

 巨大蟹の身が目当てだったようだ。

 実家に戻ってきて5日経つが、エルヴィーノたちの食事量を考えると、そう考えるのも分からなくはない。

 数日シオーマの町に滞在することにしたエルヴィーノに対し、この町の領主であるグラツィアーノは、邸の離れを使うように提案した。

 それを受けたエルヴィーノたちに、邸の料理人が作った料理を提供したのだが、最低でも1人3人前平らげていた。

 人が2人に、従魔が3体。

 それらがそれぞれが3人前だから、全部で15人分以上の料理が必要になった。

 毎日それだけの量が必要となるのなら、巨大蟹の身を欲しがるのも納得できるというものだ。


「じゃあ、行くぞ!」


 先程は指先に集めた魔力を紐のようにしたが、巨大蟹を釣り上げるためにはある程度太くないと切れてしまうかもしれない。

 そのため、エルヴィーノは紐というよりつなと言った太さに魔力を変え、海中に向かってそれを投げ入れた。


「………………」


 エルヴィーノは、無言で魔力の紐を垂らす。

 巨大蟹が逃げないように、探知魔法を併用してゆっくりと魔力の紐を近づけていく。


「……ここだっ!!」


 巨大蟹のどこに結びつけるべきかを考えながら魔力の紐を近づけたエルヴィーノは、巨大蟹の左のハサミに狙いを定めた。

 そして、その狙い通りに左のハサミに魔力の紐を括り付けたエルヴィーノは、一気に巨大蟹を引き上げにかかった。


「重っ!」


 探知魔法によって把握できたのは、足を広げた状態で6m近くある巨大蟹だ。

 当然、その重さも普通の蟹なんかとは比べ物にならない。

 魔力の紐を引き上げるが、その重さからなかなか上がってこないでいた。


「ムンッ!」


 どうやら、巨大蟹は岩場に足をかけて踏ん張っているようだ。

 それを剥がずためにさらなる力を込めようと、エルヴィーノは魔力を見に纏うこととでできる身体強化をおこなった。


“ザッパーン!!”


「よしっ!! ハッ!!」


 身体強化をおこなうことによって、巨大蟹の足が岩場から外れる。

 そして、エルヴィーノの魔力の紐に引っ張られて、一気に海面から引き揚げられて空中に放り出される。

 その瞬間を待っていたとばかりに、エルヴィーノは巨大蟹の腹に目掛けて氷槍錐を放った。


「ギッ!!」


 空中に引き上げられた巨大蟹は、成すすべなく氷槍錐が突き刺さり、悲鳴のような音を立てて動かなくなった。


「よしっ! これで大量の蟹の身をゲットだ!」


 蟹は茹でても焼いても美味い。

 そのほかにもいろいろな蟹料理を頭に浮かべつつ、エルヴィーノは意気揚々と巨大蟹を影の中へと収納した。


「今日はもう帰ろうか?」


「そうですね」


 巨大蟹を手に入れたエルヴィーノは、もうどんなふうに料理をするかで頭が一杯になっている。

 マディノッサ男爵家の料理人に作ってもらってもいいが、自分たちの食事量を考えると、任せっきりにするのは申し訳ないため、エルヴィーノは自分で料理をするつもりだ。

 いくつもの料理が頭に浮かぶと、それを食べたくてたまらなくなってくる。

 そのため、エルヴィーノは少し早いが港に戻ることを提案する。

 セラフィーナも蟹料理が頭に浮かんでいるのか、エルヴィーノの提案に賛成を示した。


「了解しました」


 日が暮れるまではまだ時間はあるが、エルヴィーノの様子から余程巨大蟹は美味いのだろう。

 そう考えると、フィオレンツォもご相伴に預かりたい。

 そのため、フィオレンツォはエルヴィーノの指示に従い、港に向けて船を進ませることにした。






「これまたすごいな……」


 初日に続いての巨大魔物の出現と討伐。

 その死体を前に、グラツィアーノは感心したように感想を述べた。


「グラツィアーノ様も召し上がりますか?」


「あぁ、いただこう」


 巨大蟹の中でも一番太くて身がぎっしり詰まった足を差し出し、エルヴィーノは問いかける。

 その言葉に甘えようと、グラツィアーノは嬉しそうに受け入れた。


「エルヴィーノ殿、少しよろしいか?」


「はい。なんでしょうか?」


 蟹の身を料理人に渡したエルヴィーノに対し、グラツィアーノが話しかける。

 何か話があるような様子だ。

 それを受け、エルヴィーノとセラフィーナは、執事の案内で邸の応接室へと案内された。


「早速だが……」


「はい」


 対面のソファーに腰かけたグラツィアーノは、さっそくここに呼んだ理由を話し始める。


「ある町で子供が行方不明になっているという噂が入ってきた」


「「っ!?」」


 応接室に呼ばれた理由。

 それは、オルフェオに関するかもしれない噂を入手したということだった。


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