第二集
「まひと!」
そこへ駆け込んできたのは、二十代前後と思しき若者。彼は大股でベッドまで歩いてくると、傍らの男を振り返り、
「掌客殿にご報告を」
男は「すぐに!」と応え、たちまち部屋を出ていった。
俺は、おずおずと傍らの彼に目を向ける。
これは――日本の着物じゃない。胸元で襟を合わせる見慣れたものと違って、丸襟? そしてやはり髷を結っていた。
開け放たれた扉の正面、廊下の壁には開いた窓があり、射し込む日差しが細長い室内を隙なく照らしていた。
部屋の隅にある棚も、一段高い床面に据えられた文机と座椅子も、このベッドも、全てが柱と床と同色、木製のようだ。何て古風な部屋。思わず天を仰いだが、どこにも電球は釣り下がっていない。
確かに俺は中国に来た。
「悠久の古都を巡る七泊八日のフリープラン」で。
だけど何この風景、これじゃまるでタイムスリップしたみたいじゃないか。
俺は、再び傍らの彼に目を戻した。
面長だけど、ややふっくらめの頬に幼さが見えた。十代かもしれない。
きりりとした口元と涼やかな一重が見目麗しく、誰もが認めるしかないイケメンだった。そういやさっき鏡に映った「俺」の顔も、大きな目をした、子犬を思わせるかわいいイケメンだったな。
俺は両手でこめかみを押さえながら、
「まだ頭がぼんやりして……。ちょっと質問してもよろしいでしょうか? 場合によってはおかしな質問をするかもしれませんが……」
「こんな状況だから混乱するのは当然だ。何でも訊いて」
◆
ここは唐の都。彼と彼は留学生として滞在してひと月ほど、この部屋は宿舎としてあてがわれている
国の代表だから見た目の良さが重要視されたって教授言ってたけど、本当だったんだな。
話し終えた後も、大伴くんは、相も変わらず爽やかな笑顔で、俺を見ている。
だけど内心、絶対動揺しているはず。俺ときたら、今が何年で、ここがどこで、自分たちは何者なのか等々、色々と不審がられても無理はない質問を重ねたんだから。さすがは国の代表だ。
大伴姓って教科書で見たことあるし、さっき部屋を出ていったのは彼が日本から個人的に連れてきたという
今は三代皇帝、つまり高宗の御世だという。俺は、中国史専攻だった大学の授業を必死に思い出す。となると今は、西暦600年後半か?
壱岐くんは3日前、鴻臚寺(外国使節を接待する役所だったはず)の役人に引率されて、他の留学生とともに城内見学に行ったところで、突如いきり立った馬に蹴飛ばされ屋台に突っ込み昏倒――今に至る。
俺も、いきなり暴走した車に跳ね飛ばされたんだった。そしてサンザシ飴の屋台に突っ込んだ。そこまでは理解できるけれど。
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