天音の世界線 ※雨空 天音×魔法作品セルフクロスオーバー

焼魚圭

第1話 始まり

 全ては終わりを迎えたのだろうか。この世界は暗闇に充たされていた。その闇はどこまでも果てしない虚無の色をしていた。ここまで深い闇に味雲は不快感を覚えてしまう。いこれまでの人生で最も居心地の悪い場所、妖怪の気配は幾らでも漂っているにもかかわらず、その目で追うこともそもそも把握さえ出来ない暗黒。

 どこに行けばいいのだろう、何をすればいいのだろう。全くもって分からない。自らの人生を思い返し、数々の過ちに心を向け、それでも取り払うことの出来ないあの輝きへの渇望を見つめ続ける。

 少なくともその感情は本物であり、味雲の中では最も強いもの、それだけは間違いなかった。

「味雲……味雲」

 闇の中でも微かに聞こえてくる声は彼がこの世で最も大好きな枯れ声だった。

「霧葉?」

 味雲の声が微かに零れ落ちたその瞬間、鋭い輝きが生まれ落ちた。

 それを追いかけて、懸命に走ってはたどり着ける気がしない輝きを、どこまでも遠い光を目指す。

「どれだけ動き回っても無駄だから、其処は味雲の心の中でしかないの、だから、瞼を開いて」

 いつもの電波受信発言だろうか、その目はとっくに開いているはずなのに霧葉は何を語っているのだろうか。味雲には理解できない、そう頭の中で情報に片を付けようとしたその時だった。

「その輝きは、半開きよ」

 手を伸ばした向こう、遠い輝きは半端に開かれた瞼が取り入れているもの、そう言いたいのだろうか。妄想、想像、現実、現状。全ての真実を思い出した味雲は感情をいったん仕舞って輝きに自分を重ねる。目を半開きに合わせ、この世の中の向こうに待ち構える現実に身を委ねて。


 次の瞬間、広がる光景はベッドの中、この世の中で味雲は何をしているのだろう。理解が頭の中に入って来ない。ぼやけた視界が辺りに曖昧な現実を取り入れる。現実の中にある真実とは実に不可解で想像の方が遥かに現実じみていることがある。今回もその手のことなのだろうか。

 そう思っていた矢先にぼやけていた視界が鮮明な光景を映し出す。すぐ隣を見ていた味雲はその光景に目を見開いた。

「おはあ、味雲。今日も私の彼氏としては可愛すぎるね」

 つるつるとした黒い髪に悲しみに歪み切った目に収まる黄色みがかった瞳。この世で最も愛する人物は果たして誰だっただろう。愛する人物はここにいたことに、同じベッドにて味雲に柔らかな心地と安らかな温もりを与えて湧き出る不浄なる情を共に味わっているという事実を知った。

 そこから味雲に宿る反応など分かりやすいものだった。顔を赤くして目を見開いて、返って来た感覚で自分が霧葉に抱き締められているということ、味雲は味雲で霧葉を思い切り抱き締めているということを確かめては延々と湧いて来る恥じらいに心の色を染められていた。今にも茹で上がってしまいそうだった。

「味雲ったら、まだ慣れないの? 私たち、もう付き合って7年は経つよ」

 そんなに経ったのだろうか。現実の時の流れを視直して霧葉との関係が、共に過ごしてきた時の流れが霧葉の言葉通りなのだと確かめて、改めて霧葉の顔を覗き込む。

「やっと帰って来た、おかえり」

 彼を出迎える言葉はあまりにも優しすぎた。

「味雲のお姉ちゃんも絶対に救おうね」

 味雲はあの日々を思い返す。この世界と同じ姿をしていながらどこか異なるセカイ。ある意味異世界と呼ぶことが出来るかも知れないそんな世界の中で味雲は己の人生と似ていながら途中からコースを外れたあの命の流れを見つめる。

「違う……あの時本当にまともじゃなくなってたのは」

「そう、違うよね、あの時おかしくなったのは味雲の方だった、眠れぬ悪夢の夜と呼んでたおもちゃの銃、味雲もすごく電波してたものね」

「仕方ないだろそういう名前だから」

 あの日見た幻では過去の自傷癖に囚われて過去に悲しみに歪められた目を今の悲しみに染めて再び刃物を手首に当てたところを撃ち殺した。醜い姿を、みっともない現実を晒す前にという霧葉の願いで。

 しかし現実はそんな悲しいものなどではなかった。味雲が過去の苦しみに囚われたその時、霧葉はこう唱えたのだった。

「斬る、あなたの中に潜むモノを」

 そうして分かりやすい救いを与えては平和を再び取り戻した。

 果たしてあの世界は何だったのだろう。どのような存在なのだろう。思考を巡らせてはみたものの、味雲の頭では分かることなど出来なかった。

「アンタの彼氏クン、救えたのかい」

 姉に似た口調を艶やかな声で奏でる女が横から現れた。味雲にとっては何者か、それすら分からないものの、癖のある金髪が揺れ、オリーブ色のすぐ隣、そんな言葉を思わせる深い緑のローブを纏った女は鋭い瞳で味雲の姿を収める。

「なんだ、アタシの方がイケメンじゃないか」

 彼女の言う通り、堂々としつつもけだるげな表情をしている不思議な女、彼女の方が味雲の何倍も分かりやすいカッコよさを飾っていた。

「イヤだ、麻海さんはナイスバディで男の子の身体から程遠いからイヤ」

 霧葉の駄々をこねるように言ってのけるその姿が顔に似合わずにあまりにもあどけなくて微笑ましく感じられた。

「そうかな、俺的には」

「私は女の子だから味雲みたいな身体したステキな子が、男の子の持つ余計な物が無い感じが良いの」

 本人成りのこだわりだろうか、味雲の中では女性も女性で美人な女子や整った身体つきに見惚れている印象があったため霧葉の意見には驚かされるばかりだった。

「俺頼りないけどなあ」

 そんな弱そうな身体を抱く美人の姿はいつまでも見ていられそうな気がしていた。

「そろそろいいかね、アタシの方から色々と話をさせてもらうよ」

 口を開いてはどうにも重要度の高い話を持ち掛けようとしている麻海の姿に目を向け言葉を窺っていく。

「天音のことなのだけども、実は」

 緊張が走る。重々しく開かれた口、黙り込む霧葉、これから素直に大切な話を聞く準備は整っていた。空気感は適度に張り詰めていて余計な物を考える余裕を与えさせない。

「あの子、仕事中に晴香ちゃんが死にそうになったから色々巻き込んで理想の世界を結界の内側で創り上げたの」

 話によればどうにも味雲が先ほどまで立っていた世界は天音の空想上の世界、死を目前にした晴香を死なせないために己の身体と生命を共有して妖怪を結界の内壁として並べて今は理想の世界の中に逃げ込んでしまっているのだという。

「大丈夫、あなたたちが結界に入ると共に私は助けを呼ぶわ。きっとこれで晴香ちゃんも助かるはず」

 果たしてそう上手く行くだろうか、味雲の中には得体の知れない不安が靄のように広がり続けていた。果てしなく広がる後ろ向きの感情は味雲の心をどこまでも鈍らせて行った。慣れというものはどこまでも恐ろしい。先ほどまで何も余計なことを考えられない程の緊張を抱いていたというにもかかわらず、今では既にこうした情を獲得してしまっているのだから。

「救えるかどうか、それはふたりにっかっているってことさ」

「そっか、でもさ、私嫌われてるのに助ける必要あるかな」

 そう、霧葉がこの世界を見ていた時点で天音は霧葉に良くない印象を持っていた。理想の世界という形の中で死の運命を与えることを選んだ彼女、この時点で既に霧葉に対する感情が透けて見えていた。あまりにも薄い霧の向こうの本音という景色が丸見えだった。

「そうかそうか、あの子も愛も変わらずだねえ、アタシも関わったことあったけども、美人がお嫌いだったね」

 味雲を抱き締める腕に込められる力は強くなる。しっかりと抱き締めている様は決して放さない、行ってしまうから離さない、向こうへ行くことを許さない、そう語っているように見受けられた。

「けども、雨空にとっては大切な姉じゃあないのかい」

 沈黙は流れる。どこまでも伸びて、薄くなってしまいそうでも濃さはずっとそのままですっと辺りを包み込み広がり続けて。きっとその空気を打ち破ることが出来るのは味雲ただひとりだろう。

「ああ、勿論だよ」

「ならば決まり、霧葉は大切なカレシのお手伝いという心持ちで構わないじゃあないか」

 そのような形での参加など認められるのだろうか。今ある命と向き合う中でそれはあまりにも軽くて薄い態度。本心を化粧で隠して接するということが如何に嫌な事か、高校時代の周りの人間と同じような態度、嫌いな人種の真似事のように見えて仕方がなかった。

「それはあんまりじゃないかしら、やっぱり私について行く権利なんて」

「俺の姉だけじゃない、アイツの彼女も救いに行くんだ、あの子はな、悲劇に堕ちたラスボスみたいな態度を取ってた俺のことを最後まで心配してくれてた優しい子なんだ」

 霧葉は目を見開いた。そう、救うべき人物はひとりではないということ。麻海が語っていたはずのそれを今更ながらに確認するという形で。

「それに」

 加えられた言葉はあまりにも大きな衝撃を生み出した。霧葉の心に波紋を立てては幾重にも重ねられた雅な波となる。それ程までに綺麗な思い出のひとつを思い起こさせる言葉だった。

「俺たちが依頼で病院行ったことあったよな、その依頼主の優しいおばあちゃん、あの人の大切な孫娘なんだよ、晴香は」

 霧葉は確かひたすら霊を祓っていただろうか、そんな中で味雲はずっと話を聞いていたのだそう。そこでおばあちゃんが言っていた孫娘、優しいあの子が今、死と背中合わせで居座っているのだと知って霧葉の情は揺れ切った。

「そっか、なら行く、手段を教えて金髪くせ毛ちゃん」

 味雲は苦笑を浮かべた。味雲は茶色のくせ毛、それが顔の柔らかさを更に強調してしまうため気にしていた部分だった。そこを霧葉が麻海に対して放った言葉によって協調される様はあまりにも見ていて苦しかった。

「全てアタシが準備するから、ああそうだ、雨空のとこの姪っ子ちゃん、あれ持ってきて」

「冬子もいるのか」

 味雲の中では最も研ぎ澄まされた驚愕だった。そこに現れた女はぶっきらぼうな表情と細くて悪い目つきが特徴的で目の下に永遠に消えそうもない濃いくまが刻み込まれた黒髪が特徴的で、しかしながらどこか愛嬌を感じてしまうのが不思議で堪らなかった。

「私の愛しのあの子じゃない」

 霧葉はなに故に冬子のことをそういう程までに気に入っているのだろう。

「味雲兄ちゃ、霧葉さん、ふたりとも優しいな」

 薄っぺらな身体は雨空の家の者と近い血縁にある証だろうか。しかし黒い髪は絹のようで、背も声も低くて似ている部分を見つけることは容易くなどなかった。

 冬子が表情を緩めながら持ってきたものは黒い布地だった。霧葉は手に取ってそれを広げて目を通す。部屋を出て着替えを始めた。そのあまりにも地味なデザインに顔を歪めながらも袖に腕を通す。黒いワンピースは色の無駄など一切なく、作り手の感情のひとつも見えてこない。そこにあるもの、どこまでも純粋な黒の布地の出口それぞれにひらひらとした透き通るレース地のひだがつけられていた。どうにもそれが無感情に見えて仕方がない。服の出入り口に分かりやすい目印をつけているようにしか見えない。不思議なまでに不気味な作り手の情がひしひしと伝わって来た。

 戻って来た霧葉の姿を見つめては麻海は微笑んで言葉を贈る。

「似合うようで似合いやしない。やはり人が着るには心がこもらなすぎるね」

 どういうことだろう、訊ねるまでもなく麻海は説明を簡単にまとめて終わらせた。

「アタシたちが戦っている敵のもの、世界を壊すモノ共が着用なすっている服さ。今の状況にぴったりだろう」

 麻海はそれだけ残してパイプを取り出し口を当てて煙を吸う。間を置くことなく吹き出して、次の行動に映る。

 味雲も霧葉も目を疑った。感情を同じ色に染めてお揃いの驚きを抱えて見つめるばかり。

 麻海は万年筆を取り出して煙をなぞって幾何学模様を描き始めた。それこそが彼らの知らない世界の真実のひとつだが、あまりにも現実からかけ離れていて幻を見ている心地だった。

「向こう側への橋を架けよう。結界とこの世界の隔たりを……煙に撒け」

 やがてふたりはくらりふらりと身体を揺らし始め、ぼやける視界の中でうつつの夢を見る。

 その中に真実などひとつも映されてはいなかった。

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