第33話お嬢様は妄想していた

「(えへ、えへ、えへへへへへへ)」


アストレイ王国第一王女アリスは妄想に耽っていた。


「(まあ、あんな奴らに簡単に捕まるほど、私はやわじゃないけど)」


王女アリスは父であるアーサー王を人質にとられ、やむなく降伏したが、実は一瞬で王を助けだし、周りの雑魚騎士など制圧するのは造作もないことだった。


何故むざむざそんなことをしたのか?


「(えへへ。囚われの王女に……おっさん! この組み合わせ!)」


そう、王女はおっさんが必ず助けに来ると確信していた。


彼女は囚われの身になった自分がカッコよくおっさんに助け出されるシーンを何度も反芻していた。


「(おっさんがさっそうと現れて、周りの雑魚騎士をちぎっては投げ、ちぎっては投げ! そして、私はおっさんに救出されて、二人の関係は今よりもっと深いモノになって、たぎった私とおっさんはそのまま激しいキスを……)」


胸を荒々しく揉みしだかれながらと言うのは言うまでもない。


「(は、早くおっさん来ないかな?)」


「ずいぶん余裕ですな。王女殿下? 今の貴方は魔道具で力を奪われて、そこらの少女と何一つ変わらない存在」


「まさか、お前が第一王子派だったとは思わなかったぞ、宰相!」


「敵を騙すには先ず味方からと言うではありませんか。第一王子ですら、自分が私に操られていることを、つい最近までご存知なかったのですからな」


クーデターの成功は、王の側近、宰相の裏切りが原因だ。


まさか、側近の宰相を始め、近衛騎士団全員が第一王子派になっていたとは、王も王女も気がつかなかった。


それと言うのも、宰相はこれまで第一王子とも第二王子とも相容れない中立の立場をとっており、王も王女も、もっとも信頼する家臣だったからである。


「見損なったぞ。貴様は王と長きにわたる友人だったのだろう?」


「あの、出来損ないの王に私が本当の忠誠を誓っていたとでもと? あれは、亡き、女王がいなければ何も出来ない無能。私が本当に忠誠を誓っていたのは女王であり、王ではない」


アーサー王の施政は3年前まで上手く機能していた。


だが、アリスの母である、女王が崩御してから、全てが変わってしまった。


「お前は知らないだけだ。お父様は立派な王だ。確かに口下手で、パニック症気味だけど、過去の政策はみんなお父様が考えたものだ。お母様も立派な方だったけど、お父様も立派だぞ」


「ほう。貴方はアーサー王が、ちまたで何と呼ばれているかご存知ないのですかな?」


「ぐッ!」


宰相はニヤリと笑うと。


「静かなるパニック……傑作ではありませんか。これまで賢王と思われていたアーサー王が、実はとんでもない口下手で、無能だったとは。過去の政策は全て女王のおかげ、私に王を崇拝せよと言われても、無理ですな」


「ち、違う。確かにお父様は口下手で、パニック症気味だ。だが、政策を考えるのは昔からお父様の得意分野だ。口下手なお父様に代わって、お母様が皆に指示を出していただけだ」


「そんなことはもう、どうでもいいんですよ。今となっては、貴方の馬鹿な兄上が私に黙って、軽率に王を暗殺する計画など実行するから、幾つかあるプランのうち、クーデターを起こさざるを得なかった。———それに、今は貴方を屈服させる方が先ですな」


そう言って、これまで見せたことがない視線で、拘束されているアリスの美の女神の化身とも言える肢体を舐めるように上から下へと無遠慮にジロジロと見る。


「私がお前如きに屈する訳がないぞ! 今は力が無くとも、死線をかいくぐった精神は今も健在だぞ!」


「それはどうですかな。今まで貴方を女として見ることなど出来なかった。私の本能が恐怖を感じて、貴方をそういう対象として見ることができなかった。こんなに男好きする身体をしているにも関わらずにね」


そう言うと、宰相はにぃ〜と笑った。


「貴方の兄上から、褒美をもらう約束でしてね。貴方を私の奴隷として下賜すると。ちょっと、それを早めると言う訳です。何、貴方が諦めて、さっさと私と隷属の魔法を許諾すればいいだけです。私も今のいたいけな少女である貴方に暴力を振るうなど、したくはないのです」


「好きなようにすればいい。どんな暴力にも屈するつもりはないぞ」


「ほう、どんな暴力にもですか? では、仕方ありませんねえ。私も暴力は嫌いでしてね。それを打破するには、そう。これを使えば良いですかな?」


「そ、それは魔薬か?」


真っ赤な血の色に染まったポーションは販売や製造が禁止されている筈の魔薬だった。


「そう、魔薬です。これを飲むと女は最高の快楽が得られる。これを飲んだ女とやったら、最高でしたよ。薬のためには、なんでも……しますからね」


魔薬が禁止されている所以はその高い依存性だ。身体への害はないが、精神がおかしくなることが多い。


貴族の中に、奴隷の女に飲ませて性奴隷として奉仕させることがあると言う。


魔薬漬けの中の性交渉は最高の快楽を女に与え、薬なしでは生きられない身体になる。


一度でも飲んだら、廃人確実の禁止薬物をアリスに飲ませようとする。


宰相はまさしく外道だった。


「(しまった。そんな手があったとは……もしかしたら、おっさんの救出が間に合わないかもしれない。い、嫌だ。私のことをエッチな目で見ていいのはおっさんだけだぞ。私の胸を揉んでもいいのもおっさんだけだ。ましてや、それ以上のことをおっさん以外とするなんて考えられない)」


王女アリスの脳裏には後悔の念が押し寄せる。


こんなことになるなら、おっさんに薬を盛って、おっさんの意識がない間にやってしまえばよかった。


あるいは、おっさんが宿の部屋に帰る前にベッドに全裸で忍び込み。


全裸待機で、おっさんを待つべきだったのかもしれない。


紳士なおっさんも流石に全裸の自分には欲情してくれると思う。


いや、そう思いたい。


もしかしたら、そっとブランケットをかけてくれて、『俺は何も見ていませんぜ』とか言われそうな気もするが。


「クソっ!」


「まあ、しかし、王は最近、教皇と密約の同盟を結んだと言う噂があります。教皇の娘、聖女ミアは貴方と同格の固有スキルを持つと言われています。真偽の程は定かではありませせんが、彼女が貴方を助けに来ると言う線は捨てられない。なのでその前に貴女を……淫猥な性奴隷とするといたしましょう」


「や、やめろ、やめっ──」


「ふふっ、目が覚めたら、自ら尻を振っておねだりするようになります。楽しみですな」


宰相が手にしたポーションをアリスの顎を掴んで、無理やり口を開かせて、赤い液体を流し込む。


「────!?」


身体中に何か魔力が駆け巡る。


思考が鈍くなり、淫猥な気持ちが高鳴る。


「(おっさん。ごめん。私、穢されるかも)」


涙が溢れて、観念したその時、部屋の外から、なにやら騒がしい音が聞こえてきた。


「さあ、早く尻を振りながら、おねだりしなさい。すぐに希望を叶えて差し上げましょう。そう言えば、戦場に立つ前はシュタルンベルクの宝石という字名で呼ばれていましたね。シュタルンベルクの宝石が男に媚びを売り、抱いてくれと必死に迫ることになるとは……おや? まだ魔薬の効果が出ませんか? さすがは王女──殿下?」


宰相が外の様子がおかしい事に気がついて、背後を見た時、ドアが爆発するように吹き飛んだ。


そして、思考がおかしくなり、魔薬に犯されて行くアリスの瞳に映ったものは?


アリスの方へ向かって必死の形相で、走って来るおっさんと、おっさんに殴られて爆散する宰相だった。

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