猫になれたら

さびねこ

第1話 訪れ

 私は夏が好きだ。


 絵の具で塗ったような嘘みたいな青空に、もうもうと立ちはだかる白い入道雲。

 夏が来たぞと歓喜する虫たちの声に、じりじりと肌を焼きつける眩しい太陽。

 吹き付ける風はぬるく身体にまとわりつき、流れる汗はポタリと服を濡らした。



 それでも私は夏が好きだった。

 どこからともなく聞こえてくる風鈴の音や、木々の葉や草がサラサラ鳴る音が好きなのだ。


 チョロチョロ聞こえてくる小川にはトマトやキュウリが浮かべてあり、いかにも田舎といった感じだ。

 

 そして何よりも、私が“夏美”という名であるため、夏に好感をもてているような気もする。




 自分が好きかと言うと、ハッキリそうだとは言い難い。

 ただ、嫌いでもない。


 毎日を何となく過ごし、友達と放課後に駄弁り、ご飯を食べてテレビを見て笑い、そんななんでもない一日を過ごせていればこれといって不満もなかった。



 若者の地元離れが深刻だとニュースでは聞くが、私はこんなにも自由でのんびりした田舎が好きだし、大人になってもずっとここにいたいと考えている。


 都会で話題のSDGsだの、難しいことを考え物思いにふけったり何かに腹を立て行動を起こしたり、そんな疲れるようなことはしたくない性分だった。


 私には田舎があっているし、そしてそんな自分が割と好きなのだ。




 終業のベルが鳴るのと同時に、ブレザーの内ポケットに入れたスマホが振動する。


 みんながわいわいと教室を出るなか、スマホの画面を見たまま私は動けなくなった。



 3年前、突然いなくなった幼馴染からの通知が画面に表示されていた。


 なぜ今、このタイミングで?

 あの時から連絡は一切なかったというのに。


 友人からの呼びかけの声も聞き取れはしたものの、右から左に流れていってしまい脳がその言語を処理出来ない。

 友人は何度か試すも、諦めて教室をあとにした。


 ひとり教室に残された私は、早くなる鼓動に気づかないよう大きく息を吸い、意を決して表示のボタンをタップした。



「明日、そっちに帰る。」



 たったそれだけの短いメッセージだった。

 帰ってくるんだという嬉しい気持ちと、今までなぜ何の音沙汰もなかったのかとイライラする気持ちとでぐちゃぐちゃになった。


 でも、そうか。帰ってくるのか。

 そうして、私に帰ってくることを連絡してくれるのか、と少しずつ前向きな気持ちに変わっていった。



 明日、太陽が帰ってくる。



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