第36話 近藤さんとJK

「私はミルクグラタンにしよ」

「じゃ、ウチはパンケーキセットとミルクティー」

「ここは赤ウィンナーのナポリタンでしょ!」


 萌々子のフレンズが口々に注文する。カウンターの中で近藤さんのお父さんがテキパキと調理をはじめた。


 と同時に扉の開く音。新規のお客さん。それも複数カップル。混む時間なのだろうか。


「お父さん、私、手伝う」


 近藤さんが席を立つ。「近藤珈琲店」と小さくプリントの付いたエプロンをつけ、新規のお客さんのところへ水を運ぶ。


「ちょ、見て、あの人。ちょーかわいくね?」

「ほんとだ! ねーね-、見て! すごい美脚!」

「髪の色、あれ、地毛? 肌とかもめっちゃ白いし!」

「エプロンの下さぁ、ウチの学校の制服でしょ。同じ学校だよ、あの人」

「いいなー私もあれくらい美人だったらなー」


 エプロン姿の近藤さんを見た萌々子の友人たちが騒ぎ出した。萌々子を除いて。


 そんな会話が聞こえたのか聞こえなかったのか、近藤さんは萌々子たちの方を見てニコッと微笑んだ。


「かっわいいーっ!」

「笑顔最強すぎ!」

「もはやアイドル?」


 またもやあがる黄色い声。


「ね、萌々子ちゃん。萌々子ちゃんもそう思わない?」


 一番活発そうな女の子が萌々子に問いかけた。


「そうですね、確かにアイドルみたい。地方都市かつ非県庁所在地のご当地アイドル、でもセンターじゃないって感じです。数人しかいない常連オタク相手にCD売りつけ握手会やってそうだわ。公民館とかで」


 やたら限定されたアイドルだな。


 そんな会話を聞いた近藤さんは「賑やかだね、萌々子ちゃんとお友達」と、すれ違いざまにささやいた。


 客が増えてきた。食事を取る人もいるが多くはドリンクのみ、あるいはドリンクとスイーツのセット。パソコンを広げて仕事する人、問題集を広げ勉強する高校生。たまにいくスタバでよく見るのと同じ光景が広がっていた。


「この時間、お客さん多いんだ」


 近藤さんが俺のテーブルを片付けながら言った。やはりそうなんだ。


「俺、帰るよ」鞄を手に立ち上がろうとする俺に「そんなつもりで言ったんじゃ」と慌てる近藤さん。


「違うよ、近藤さん。ちょうど帰ろうとしていたんだ」

「ほんと?」

「ああ。ほんと」

「優しいな、マメくん」


 近藤さんが微笑む。


「近藤珈琲店のお食事は口に合ったかな、遠藤君?」

「美味しかったよ

「また食べに来てね。結局、今日アリス見られなかったね」

「アリス? ああ、子犬ね」


 そうだった。もともと子犬のアリスを見に来たんだった。忘れていた。


「また来てね。アリスが成長する前に。コンビニ弁当、あんまり食べちゃだめだよ?」

「わかった。近いうちにまた来るよ」

「約束だよ」

「梨愛! ドリンクたまってるぞ! 早く持って行ってくれ! コーヒーが冷めちまう!」


 カウンターの奥からお父さんの声がした。見るとカウンターに配膳待ちのドリンク類が渋滞を起こしていた。


「はーい。いまいく。じゃね、マメくん」


 バイバイ。俺に小さく手を振る近藤さん。俺も小さく手を振ってこたえる。


「お帰りですか?」


 萌々子が俺に語りかけた。


「先に帰って風呂に入っておくよ」

「わかりました。今日は一緒じゃないのですね」

「たりめーだろ」


 一緒に入ったの、小学校低学年の頃までじゃんかよ、と言いかけてやめた。萌々子の友人たちが「今日は、だって!」「いつもは?」「ラブくね? もう夫婦じゃね?」と妙な妄想で盛り上がっていたからだ。いったいどんな誤解してるんだ?


 JKのニヤニヤ視線を背中に感じながら俺は近藤珈琲店をあとにした。

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