第7話 始動!「潔癖症さよなら大作戦」!
「「潔癖症」を治したい。だから、澪にも協力してほしい」
そう澪に伝えると、澪は泣き出しそうな顔をして了承してくれた。
「うん!うん!もちろんだよ!!」
「ありがとう、澪」
「うんうん!偉いよ涼くん!!」
俺の頭を撫でるような仕草をする澪。もちろん俺に触れてくることはない。
「潔癖症」が治るかもしれない。何も気にせず、生活できるかもしれない。
今の俺は、一縷の望みに縋ってみてもいいんじゃないかと、そんな気分だった。
「ところで、治すって言っても実際はどんなことをしたらいいんだ?」
「潔癖症」が治るかもしれない、ということに浮かれていたが、どんな治療法があるのかは、皆目見当もつかなかった。
「では!作戦を練るとしましょう!」
澪はそう意気込むと、スマートフォンを取り出した。
「まず、涼の状況を整理しよう!」
そう話しながら、澪はスマホのタッチペンを使って、メモアプリにメモしていく。
意気揚々と話し始めた澪だったが、はたと何かに思い至ったような表情をして、俺にお伺いを立てる。
「えっと…ちょっと嫌なことを思い出させちゃうかもなんだけど、大丈夫かな…?」
彼女らしい気遣いだった。
「構わない。一思いにやってくれ」
そう答えると、「了解!」と澪は敬礼して、続きを話し始める。
「まず、涼が「潔癖症」になったのは、汚いと言われたのが原因。そこから自分は汚いと思い込み、心の逃げ道として、除菌による心の安寧を図った」
原因、という文字を黒ペンでぐるぐると囲む澪。
「そもそも根本的に、涼は自分を汚いと思っていて、他人を汚いと思っているわけじゃないんだよ」
ここ大事!と赤色ペンでメモをする澪。
「まぁ、そうだな…」
「だとすると、普通に「潔癖症」の人と比べると、治すのは難しくないと思うんだ」
「そう、なのか?」
「私も詳しいわけじゃないけど、「潔癖症」の人って、他人や何かがやたらと汚いと思ってしまって触れたくないってなるんだと思うんだけど…」
澪は探偵が推理を組み立てるように、顎に手を当てて考えをまとめている。
「だから涼の場合、相手が涼を汚いと思っていませんよー!ってことを、しっかり脳に言い聞かせてあげれば、少しずつ触れられるようになるんじゃないかな?」
「そういうもんなのか?」
「分かんないけどさっ。涼の「潔癖症」って、精神的なものが強いと思うの。それを念頭に置きつつ、除菌の回数を減らしていけば、「潔癖症」もよくなるんじゃない?」
澪はスマホで検索画面を開いて、何かを打ち込み始めた。開いたページにざっと目を通すと、それを俺に伝える。
「まず、「潔癖症」を治すには、「認知行動療法」、ってのがあるんだって」
「認知行動療法?」
「偏った考え方を修正して、ストレスにならないように心の状態を作っていくんだって」
「ふむ?」
いまいち何をしたらいいのか分からん。
「あとは荒療治だけど、少しずつ除菌行動を減らす。さっきちょっと言ったことに似てるね。例えば、除菌したい案件があるとする。それを除菌せずに我慢して、少しずつ慣れさせる感じ」
脳に言い聞かせるのが大事、とぶつぶつ言いながら、また澪はメモしていく。
「と!これまでざっくり色々言ってしまったけど、まとめるとこんな感じかな!」
澪はスマホ画面を俺に見せる。そこには以下のようなことが書かれていた。
【潔癖症 さよなら大作戦!!】
一、 自分は汚くないと自分に言い聞かせる
二、 他人は自分を汚いと、‘‘思っていない“、と言い聞かせる
「過去のトラウマにはこの二つを脳に言い聞かせる!あとは…」
と言って澪は俺に視線を戻した。
「?」
俺の顔をしばらく見ていた澪は、「よし!」と言ってまたペンを走らせた。
何がよしだったんだ?
澪がスマホのタッチペンで何やら書きなぐっている様子をなんとはなしに見つめて、彼女が口を開くのを待つ。
ふと腕時計を見ると、五限目の授業はもう半分が終わってしまっていた。五限目はなんの授業だっただろうか。一回サボったくらいなんてことはないと思うが、後で皐月にでもノートを見せてもらうか。
少しして澪がぱっと顔を上げた。
「お待たせ!」
そう言って、先程と同じようにスマホ画面を見せてきた。
さっき見せられた文字たちの下に、数行付け加えられていた。
【潔癖症 さよなら大作戦!!】
一、 自分は汚くないと自分に言い聞かせる
二、 他人は自分を汚いと、‘‘思っていない“、と言い聞かせる
以下の行動を少しずつ試み、除菌をせず、上記文章を唱える。
・ペンの貸し借り
・座席の交換
・ブレザーを他人に貸す
・スマホを触らせる/触る
・友達の家に行く/友達を家に上げる
・飲み物や食べ物を人とシェアする
・他人に触れる
全て気にしない俺にはできるやれるやれるマインドで実行する!!
読み終わった俺は、なんだか不穏な空気を感じ始めていた。
「本当にこんなんで大丈夫なのか?トラウマも「潔癖症」もなくなるって?」
俺の疑いたっぷりの眼差しに、澪は自信満々に頷く。
「結果が出るにしろ出ないにしろ、ものは試しだ!さあ、やってみよう!!」
おー!と一人で天高く拳を突き上げる澪。「涼もやるんだよ!」とでも言うかのように、顎で俺に合図した。
本当にこんな取り組みで上手くいくのだろうか。かれこれもう数年付き合ってきている病である。半信半疑ではあるが、行動しないよりはマシ、か…?
俺は渋々拳を天へと突き上げた。小さな声で澪と一緒に「おー!」と言った。高校二年生にもなって何やってるんだか。
……はっず…。
五限目の授業を丸々サボってしまった。さすがに六限目は真面目に授業を受けようと二人で教室に戻ると、クラス中がざわついた気がした。
あ、澪と一緒に教室に帰ってくるのはまずかったか…。
二人して五限目をサボったのだ。クラスメイトが俺達をどう見ているのかは、なんとなく察しがついた。
澪は男子女子問わず友達が多く人気がある。そんな澪とクラスに打ち解けられない俺が一緒にサボったとなると、羨む人間も少なくないだろう。ほら、あそこの男子、やたらと俺に好奇の目を向けてきているぞ。
自分の席に着こうと机間を縫って歩いていると、目が合った皐月にまたぐっと親指を立てられた。だから何が「ナイス!」なんだよ。俺はそれを一睨みする。するとその隣の席の北白河さんとも目が合った。なんだか気まずくて、俺は慌てて目を逸らした。
はぁ、なんだか酷く疲れた。
いつものように机と椅子を除菌ウェットティッシュで拭いて、俺は着席した。
「あ…」
そうか、こういうことも止めていかなくちゃいけないんだよな。つい習慣的にその行動をとってしまった。
ズボンのポケットに入れているスマホがブーと振動して、俺は少しびくっとしてしまう。澪に先程の行動を見られ、咎められるのではないかと冷や汗が出た。
スマホ画面をタッチすると、やはり澪からメッセージが届いていた。しかし、内容は咎めるようなものではなかった。
澪 【改めて 潔癖症 さよなら大作戦!! よろしくね!】
涼 【こちらこそ】
澪 【それと、この作戦の内容は、皐月くん他誰かに漏らさないように】
涼 【?皐月に言わないのか?】
澪 【皐月くんが入ってくるとややこしくなるから】
そうだろうか?皐月がいると心強いと思ったのだが。
俺の返信が止まったせいか、澪は俺の心を読んだかのように続けてメッセージを送りつけてくる。
澪 【これは、私と涼の二人だけの秘密、ね!】
「秘密♡」とたぬきのキャラクターのスタンプが送られてくる。
俺と澪の仲だからいいようなものの、他の男子がこんなメッセージを澪から貰ってしまったら、大いに勘違いするだろう。ああ、澪さんは俺に気があるんだ!と男子なんてみんな勝手に妄想するに違いない。
俺?俺はしないよ。もうそんな時期はとうに過ぎ去りましたとさ。
ていうか、まさか他の男子にもこんなメッセージ送りつけてないよな?
なんてちょっと心配になっている自分が可笑しくて笑ってしまう。
澪も皐月も大概だが、俺も二人に対して過保護になっているのかもしれない。大切な友達が傷付くところなんて誰も見たくないしな。
「了解」と俺も気だるげなねこのスタンプで返す。
澪 【さっき見せたメモ、ここに張り付けておくのであとでしっかりと見ておくように!】
そのメッセージの下に、先程屋上で見せてもらった澪のメモが張り付けられた。
【潔癖症 さよなら大作戦!!】と書いてある。
もう一度目を通そうと思ったのだが、ちょうど六限目のチャイムが鳴ってしまい、俺は慌ててスマホをポケットに戻した。
「あー、疲れた~…」
俺は帰宅後の風呂を済ませ、自室のベッドにダイブした。
ベッドに仰向けになりながら、今日の出来事を思い返す。
「潔癖症」の克服とか、トラウマの克服とか、なんだかすごいことが始まってしまった。
確かにこのままじゃいけないと思う俺も、ずっといたにはいた。
「潔癖症」のせいで他人とコミュニケーションを取るのは億劫になるし、トラウマのせいで恋愛もできないし。せっかくの人生このままでいいのか、って思わなかったと言えば嘘になる。友人が二人もいるのに、二人と遊びに行くことすらままならない。
「一般高校生男子って、何して遊んでるんだ?」
もちろん部活や塾、バイトで忙しい人も多いだろうが、遊ぶってなると何をしているんだろうか。ゲーセンとかカラオケとかか?
俺は目を閉じ、想像してみる。
皐月と二人、ゲーセンに行き、きゃっきゃうふふする俺。
皐月と二人、カラオケに行って、熱唱する俺。
「…………」
ま、こういうことはひとまず色々克服してからだな。
「…よし」
気を取り直し起き上がった俺は、澪から送られてきたメモにもう一度目を通してみることにした。
澪のおかげで、なんだか前向きな気持ちになれているような気がする。
「はは、あいつほんとすげえな…」
感嘆の声が漏れる。
澪はいつだって前向きで明るい。行動力もあって友達も多い。俺なんかとは全然違う。全然違うのに、幼なじみというだけで、澪は俺を気に掛けてくれている。
「ほんと情けないよな、俺」
そんな澪が、わざわざ俺のために協力してくれると言っているのだ。いっちょ男を見せてさくっと克服といきたいところだ。
メッセージアプリを開き、俺は澪とのトーク画面を開いた。
メモに目を通していく。
【潔癖症 さよなら大作戦!!】
一、 自分は汚くないと自分に言い聞かせる
二、他人は自分を汚いと、‘‘思っていない“、と言い聞かせる
以下の行動を少しずつ試み、除菌をせず、上記文章を唱える。
・ペンの貸し借り
・座席の交換
・ブレザーを他人に貸す
・スマホを触らせる/触る
・友達の家に行く/友達を家に上げる
・飲み物や食べ物を人とシェアする
・他人に触れる
全て気にしない俺にはできるやれるやれるマインドで実行する!!
上の二つの項目はまぁ、近いうちに達成できそうに思うが、三つ目以降がなかなかの難易度ではないだろうか。
というか、三つ目って、友人同士ならよくやることなのか?他人のブレザー着る機会ってなんだ?いつだ?
そう疑問のようなツッコみを入れつつも、リア充の代表の澪が言うのだからきっと一般的なのだろうと思うことにする。
七つ目の項目に行けるまで、どれくらいの時間が掛かるだろうか。そもそも、そこまで到達できるのだろうか。
考えれば考えるほど、不安が襲ってくる。俺はそれを、頭を振って打ち消した。
「ま、焦っても仕方がない。気楽にやってみるか」
ストレスの溜まらない範囲で、できるやれるマインドで気楽にトライしてみることにする。
「ん?」
澪とのトーク画面を閉じようとしたとき、送ってもらったメモ項目の一番下に何かまだ記載されていることに気が付いた。屋上で見せてもらったのは、さっきの内容で以上だと思っていたのだが。
文字がチャレンジ項目よりかなり小さく、読ませる気は全くないように感じた。
小さくひっそりと記載されていたのは、以下のような内容だった。
恋に前向きになるなる上級克服リスト
・手袋の上から手を繋ぐ
・タイツ越しに太ももに触れる
・指先に触れる
・手を握る
・間接キスをする
・キスをする
・身体に触れる
・えっちをする
「………………」
「……なんだこのリストは!?!?」
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