アリス:DEAD END
赤衣カラス
PROLOGUE
LEGEND IDOL
彼女は優れた容姿とスタイルを誇っていた。細く艶やかな長い黒髪、アンドロイドのように整った顔立ち、すらりと長い手足……。その笑顔や立ち振る舞いは異性はもちろん同性すらも虜にする。
性格は明るく、礼儀正しく、心優しく、面倒見があり、それでいてどこか抜けているところがある。関わる者によって姉のようにも妹のようにもなるレイラの人柄は、仕事で関わった共演者、スタッフからの受けもよく、業界の人間からも愛されていた。
アイドルとしての実力も抜きん出ており、高い歌唱力に加えてそれを維持したまま踊ることができた。彼女のダンスは例えセンターポジションにおらずとも、自然と視線が彼女へと固定されるほど人を魅了するパワーがあった。
ファンサービスも旺盛であり、プライベートの場であってもよほど無茶なことではない限りはファンからの要求にも応え、インターネット上でも評判がよかった。
彼女は当然のように演技力にも優れ、舞台やドラマ、映画、CMの撮影の仕事もそつなくこなし、その業界の人間からも高く評価されていた。
神が気まぐれで創造したとしか思えない、全てを持って生まれた少女。一見すると完璧超人という印象を持たれるが、しかしその生い立ちはとてもではないが恵まれていたとは言えない。レイラは幼い頃、親に捨てられて孤児院で育てられた。アイドルになったのも、育ててくれた園長や家族たちを少しでも楽にさせてあげたいがためであった。……そのようなバックボーンも、大衆からの支持を集めた理由だったのかもしれない。
そんな進藤レイラを有するglass shoes'sだったが、始めのうちは頭抜けた人気を誇るレイラが原因となりグループ内で不和も発生した。しかし、レイラが誰よりも努力していたことを他のメンバーが知らないはずはなく、またレイラが映画への出演などアイドルの枠を超えた活動をする際も、グループの他のメンバーと一緒でなければやらないという条件を出していたことも知っていた。それは他のメンバーにも活躍の場を設けることで、グループ全体の知名度や地位、そして何よりメンバーの実力の向上を図ろうとしていたが故なのは明白だった。
それを理解したメンバーたちは各々最大限の努力をした。レイラが引っ張り、みんなが付いていく……。そんな彼女たちが名実ともにトップアイドルになるのに、一年の歳月も要さなかった。
レイラはどれだけアイドルとしての枠を超えた仕事をしていても、あくまでもアイドルという肩書きに拘っていたのだ。
「進藤レイラにとってアイドルは枷」
中にはそう言う者もいた。だが、レイラはアイドルであり続けた。当時、男性アイドルと言えばあの事務所、女性アイドルと言えばこの系列……という具合に人気や知名度が一極集中していた。しかし、レイラがアイドルであり続けたことで、その状況に大きな風穴が空くこととなる。
いつからか、アイドルと言えば進藤レイラ、アイドルグループと言えばglass shoes'sへと日本全体の認識が変わった。彼女は、そして彼女たちは国民的アイドルへと上り詰めたのだ。
大手のプロダクションでなくともトップアイドルになれる……。もちろん、レイラほどのカリスマ性と実力を持つ者など稀だが、その事実は多くの中小プロダクションやアイドル志望者の希望となったのは言うまでもない。
進藤レイラとglass shoes'sの快進撃はグループの楽曲によく登場するフレーズにあやかり、まるで永遠に解かれることのない魔法がかかっているようだと評されていた。それほどまでに前例のない異常事態とも言える人気を獲得していたのだ。
ライブは大盛況、テレビや映画でも引っ張りだこ。子供から老人にまで知れ渡るほどの知名度。進藤レイラがスーパースターであることを疑う者は日本には誰もいなかった。彼女にかかった、そして彼女がかけた魔法は解けることはない。全国民がそう思っていた。
しかし、運命は残酷である。
デビューから三年が経った頃、スーパーアリーナで行われていたglass shoes'sのライブにて、ナイフを持った一人の男が警備員たちを押しのけてステージへ上がると、歌唱中だったレイラへと襲いかかったのだ。レイラは歌と踊りを中断して逃げ出すも、走った先はステージの縁であり、そのまま観客席に落下してしまった。男はステージから飛び降りながら凶刃をレイラへと振り下ろし……。
男は血を流して死にゆくレイラには目もくれず、その場で自身の首にナイフを突き立てて自殺した。
進藤レイラは十九歳の若さで帰らぬ人となった。 彼女の死に多くの国民が傷つき、嘆き悲しんだ。
レイラを目の前で失ったglass shoes'sはメンバーの多くがショックから立ち直れず、事件の半年後に解散となった。
最高のアイドルを失ったファンたちは絶望し、現実から逃れるため、早くそれを忘れるため、空虚になった心を埋めてくれるアイドルの登場を……第二の進藤レイラの登場を望んだ。
数多くあるアイドルプロダクションは商魂たくましく、ポスト進藤レイラ、ポストglass shoes'sを求めて多くのアイドルをデビューさせた。
需要と供給の一致、そしてトップスターの悲劇的な死が起因となり、アイドルブーム――通称アイドル黄金時代が到来した。世間がレイラという指標を得たことで、中小プロダクションでも実力がある者なら売れ、大手プロダクションでも実力がない者には目も向けられなくなった。
人気と実力を兼ね備えたアイドルたちがメディアを席巻し、アイドルの歴史はレイラの生前と死後でまるで異なる様相を呈し始める。毎月のように新たなスターが誕生するアイドル業界の盛り上がりは凄まじいものがあった。
……しかし、レイラを超えるアイドルは現れなかった。実力あるアイドルたちは何人も現れたが、それでも誰一人として彼女には届かなかったのだ。
それは、死んでも尚、レイラの魔法は解けていなかったことを意味していた。
レイラの生き様と悲劇的な死はアイドル業界に多大な影響を与え続けている。彼女の死から、十年の月日が経った今もまだ……。
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