第36話 それぞれの恋愛相談
「それじゃあ麗奈さんと仲直りできたんだ。良かったね、星河ちゃん!」
「ありがとう、優花ちゃん」
いつものように碁会所で碁を打ちながら、事の顛末を優花に教える。お世話になった人を思い浮かべるおまじないが効いたことや、識月が面白い団扇を持っていて笑ってしまったことも。
「あの団扇、優花ちゃんが用意してくれたんですか?」
「そうだよー。面白かったでしょ?」
「はい、笑ってしまいました」
仏頂面の識月があの団扇を持っているところを思い出しただけで笑ってしまう。それに、と上機嫌な優花を眺める。自分の勝負が役に立ったみたいだ。
「あの団扇を渡す、という口実で識月さんとお出かけしたんですよね?」
「わー! バレてる! 利用しちゃったみたいでごめんね。ちゃんと応援する気持ちもあったの」
「いえいえ、構いませんよ。どこに遊びに行ったのかを教えて頂ければね」
ふふふ、と笑う。恋バナである。
「いやーそれがちょっと売店で買い物しただけなんだよね。でもいいんだ。楽しかったから」
優花の話に拍子抜けするが、満足そうな優花を見ているとこちらも幸せな気分になってくる。
「いいなあ」
思わず呟く。思えば大空とは屋敷で会うばかりで一緒にお出かけをしたことがない。そんな星河の様子を見て、今度は優花がふふふと笑う。
「誘っちゃおうよ、デート」
「デ、デートですか」
考えてみれば、空牙にも認められて正式な婚約者になったのだ。デートをしてもおかしくはない仲のはずだ。一緒に大空と売店を見回るのを想像してみる。すごく楽しそうだ。星河は気合を入れて拳を握った。
「さ、誘ってみます!」
「頑張って星河ちゃん! デートは気合だよ!」
*
甘味処『あまとう』と言えば国家棋士たちの間では人気の店で、公式戦が行われる天原閣のすぐ近くにあるうえに種類が豊富、特に洋菓子を積極的に取り入れており夏場はアイスクリームがたいそう美味い。
「私はまずはこのアイスクリームさんを三つ、それとプリンさんを二つ頼む」
「……」
大空の目の前に座った男は、こちらがげんなりするような量を注文し始めた。雪男のような風貌の男は見た目通りにアイスクリームを好む。識月は大空の前に置いてある団子を眺めると、不思議そうに尋ねた。
「あなたはそれだけで良いのか? 糖分を取ると頭の回転が早くなるぞ」
「限度があるだろう。なんだその量は」
識月の前に並んでいく大量のアイスクリームとプリン。しかもこの男は”まずは”と言っていた。これからまだまだ食べるつもりなのだ。
「今日はあなたの奢りと聞いているからな。ああ、クッキーも食べていいか?」
「どうぞ。好きにしてくれ……」
大空には目下の重大な悩みがあり、それを相談するために今日は識月を呼んだのだ。しかし、甘味処を選んだのは失敗だったかもしれない。特に急いで食べているようには見えないが、いつの間にか識月の前から甘味が消えていく。この小柄な身体のどこにあれだけの量が入るのだろう。
最初に注文したアイスクリームとプリンを全てたいらげ、次の甘味を注文してから識月はようやく大空の話を聞く姿勢を作った。
「それで? 私に相談とは一体なんだ?」
「ああ。星河をデートに誘おうと思っている。女性が喜ぶ場所を教えて欲しい」
沈黙が舞い降りた。一秒、二秒、三秒経過してからようやく識月が話し出す。
「正気か?」
「正気だ」
「あなたの目の前に座っているのが四条識月だと理解しているか? あなたの人脈を全て考慮した上で、恋愛相談をするのに適切なのが私だと判断したのか?」
「ああ。こちらとしても苦渋の決断だが」
「可哀想に、よほど追い詰められているのだな。恋愛が絡むと囲碁の神の頭蓋にもリンゴさんが詰まるような事態が起こると見える」
「言いたい放題だな!」
最初は使用人たちに相談しようかと思ったのだが、泰子や知世に話せばからかわれるのは目に見えている。それならば同年代の友人に、と言いたいところだが、大空は『日華無双』、他の囲碁棋士たちから恐れられている身である。こうやって対等な立場になって相談に乗ってくれる人間は少ない。そうした考えの結果、同年代で称号持ちの識月を呼んだのだが、失敗だったかもしれない。
やれやれ、と識月は肩をすくめた。
「心当たりはないこともない」
「本当か!?」
「天原閣はどうだろう」
「お前に相談した俺が間違っていたようだ」
もちろん星河を天原閣に連れていけば喜ぶだろう。碁会所にでも行けば一日潰せるに違いない。だがそれは大空の屋敷で一日中囲碁を打つのと何が違うのだろうか。とてもデートと言えるようなものではない。席を立とうとする大空を、識月が「まあ待て」と引き止める。
「私とて碁会所がデートに相応しくないぐらいの知識はある」
「……本当か?」
大空は疑わしい目を識月に向けるが、識月はこう続けた。
「生徒の優花に聞いたのだがな。国家棋士しか入れない天原閣の十五階、そこにある展望台がデートの場所として人気らしい。国家棋士しか入れないとはいえ、連れの一名なら一緒に連れていけるからな。最近は優花から毎日のようにこの話を聞かされているから覚えてしまった」
「お前、それはもしや……」
その優花という子は識月と一緒に展望台に行きたいのではないだろうか。この調子では識月が気付くことは一生無いだろう。男の趣味が悪いばかりになんと不憫な……。それはともかくとして、展望台というのは良い案に見えた。なにより識月の案ではなくて同世代の女の子の案というのが良い。
「ありがとう識月、恩に着る」
「気にするな。ところで」
「どうした?」
識月は空になった甘味の皿を見つめた。
「アイスクリームを追加していいか?」
「まだ食べるのかっ!?」
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