一緒にいたい

「秀幸。お前、幽霊を見たことがあるか?」


 中学からの親友である博信と二人で彼の家で宅飲みをしていると、不意に彼がそんな質問をしてきた。


 数ヶ月ぶりに彼から『俺の家で飲まないか?』と連絡があった。その間、僕の送ったメッセージには一切返信してくれなかったため、その理由を聞こうと誘いを受け入れた。だが当日、理由を聞く前に何となく状況を察することはできた。


 以前よりも散らかった部屋に、痩せ細った彼の身体。目には隈を浮かべており、あまり眠れていないことが分かった。

 いつもなら冗談めいて言う質問だ。でも、今の彼にとっては真剣な質問に違いない。


「見たことない。秀幸は見たことあるの?」

「まあな。最近は毎晩ベッドの横に現れる」


 彼の言葉に反応してベッドに顔を向けた。彼は「今はいねえよ」と鼻で笑った。


「それは一体、どんな幽霊なの?」


 博信はケースから煙草を一本取り出すと、それを咥えてライターで火をつける。深く吸い込み、顔を天井に向けて煙を吹かせた。


「数ヶ月前に亡くなったカノジョの幽霊だ」


 彼は僕の顔を見ずに答える。きっと彼が見ているのは脳裏に映るカノジョの姿だろう。

 カノジョさんが亡くなった。初めて聞かされたことだ。親友として詳しく聞きたいところだが、彼の切ない表情を見るととてもじゃないが聞くことはできない。


「カノジョは博信の横で何をしているの?」

「ブツブツ言っている。『一緒に来て。一緒に来て』ってな。怖がりなんだ。だから俺を道連れにしようとしているに違いない」

「霊媒師の人に頼んで除霊してもらった?」

「するわけねえだろ。死んでもカノジョに変わりはねえんだ。切り離すなんてできない。なあ秀幸、俺はどうしたらいい?」


 僕は今一度、ベッドの横へと目を向けた。今日彼が僕を呼んだのは、きっとこのことについて聞くためだろう。


「博信がしたいようにすればいいと思う。今もベッドの横にいるのなら、そのままの生活を続けていれば、一緒にいられるだろうし」


 博信は僕の答えに目を丸くした。咥えた煙草の灰がもう直ぐ落ちそうなほど長くなっている。しばらくしてハッと我に帰ると、煙草を灰皿に押し付けた。


「それもありだな。ずっと一緒にいようと誓った仲だ。このままあいつをあの世に送るわけにはいかない。お前に相談して良かったよ。ありがとうな、秀幸」


 博信は微笑む。その笑みは今日初めて見せた『心からの笑み』だと僕には思えた。


 その夜、博信は首を吊って亡くなった。

 

 ****


 蝋燭につけた火を線香に分け与え、それぞれを墓に備える。両手を合わせて供養した。

 博信の訃報は警察から知らされた。家宅捜査中に『薬物』が見つかったらしく、その夜一緒にいた僕に事情聴取しに来たのだ。


 警察からの話を聞いている中で、僕は何となく事の真相が分かったような気がした。

 きっと博信が見ていたものは薬物摂取による幻覚作用だったに違いない。彼の中にあった『カノジョと一緒にいたい』という思いがカノジョの幻覚を作り出したのだろう。


 だが、僕が彼にかけた言葉が彼を安心させてしまい、幻覚を壊してしまった。その夜はきっとカノジョの姿が見えなかったに違いない。カノジョと一緒にいると誓った博信は自ら死ぬことを選んでしまった。


「あなたもいたんですね」


 供養していると不意に横に人の気配を感じた。見ると長い髪の女の人が立っていた。彼女は僕に対して優しい瞳を向けていた。


 身体が透けて見える。彼女は『幽霊』なのだ。そして彼女は博信のベッドの横にいた人物と同じだった。穏やかな表情はあの時と全く変わらない。


 ずっと隠し通していたが、僕には『霊視能力』があった。これを言うと人から馬鹿にされるため、小学校高学年を境に人に言うことはなくなった。だから博信は知らない。


「すみません。僕のせいでこんなことに」


 しんみりとした僕に対して、彼女は首を横に振った。「あなたのせいではない。博くんも言っていました」と彼女はテレパシーで伝えてくれた。


 彼女は最後に僕に微笑みかけると、静かに消えていった。『一緒にいたい』という思いは彼女も抱いていた感情なのだろう。だから今から彼の元に向かうのだ。最後に「また来てください」と僕に語りかけてくれた。


 僕は誰もいない場所に深くお辞儀をした。

 また来よう。今度は博信にも会いたいな。

 先ほどまで鬱陶しかった夏の日差しに、なぜか妙な心地よさを感じた。

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5分で読める小説集 結城 刹那 @Saikyo-braster7

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