5分で読める小説集

結城 刹那

ユートピア・プロジェクト

「幸せになるために必要なものは何だと思う?」


 隣にいる女性が僕に問いかける。

 透明感のある黒髪ショートボブに獲物を狩る肉食動物のような鋭い目つき。シワのないスーツは華奢な体にフィットし、彼女の美しい容貌が強調されている。可愛いより格好いいという方が彼女にはお似合いだ。


 いきなりの『哲学的な質問』に僕は一瞬言葉を失う。

 彼女の翡翠色の瞳が灯る眼差しを見ると、真面目に質問しているのだろう。


「さあ。それが分からないから、こうして随時モニタリングしているんでしょ」


 僕はモニターに目をやりながら、質問に対して逃げるような回答を口にする。

 彼女は鼻を鳴らすのみで、特に何も言うことはなかった。モニターには子供から大人まで様々な人々が映し出されている。


 遊びや談話、勉強など様々なことに取り組んでいる。唯一共通するものとしては非常に楽しそうで終始笑顔のまま作業を行なっていることだ。彼らの中にはロボットが紛れ込んでいる。白を基調とした二足歩行のロボットだ。


 僕たちは今、とあるプロジェクトに取り組んでいる。


 その名も『ユートピア・プロジェクト』。

 誰もが幸せでいられる理想郷の設立を目的としたプロジェクトだ。

 横にいる『柊 渚(ひいらぎ なぎさ)』をリーダーとし、プロジェクトに取り組んでいる。僕は彼女の補佐を担当している。


 モニターに映されているのは理想郷とする孤島である。

 島の構造は僕たちの住む街と全く変わらない。道路が整備され、無人の車が走っている。住居も僕たちの住んでいるものと一緒だ。違う点があるとすれば『食糧や生活必需品を運んでくれる鳥型のドローン』の停車場があるところくらいだろう。


 ここに住む人々は子供のみである。あとは全てロボットだ。

 島には『簡易ヒューマノイド』と『煩雑ヒューマノイド』の二種類のロボットがいる。


 簡易ヒューマノイドは先ほど紹介した白を基調とした二足歩行のロボットだ。彼らは建築や交通整備など街の安全を確保するための存在だ。


 そして、煩雑ヒューマノイドは子供たちと一緒にいる大人のロボットだ。簡易ロボットとは違い、完全に人を模して作られている。彼らは子供たちに『処世術』や『偽りの歴史』を勉強させている。


 子供たちは簡易ヒューマノイドと接することで煩雑ヒューマノイドを本物の人間と勘違いしている。


 住居や交通網には監視カメラが設置されており、子供たちの様子は終始監視されている。危険な行動をすれば近くのロボットが助けてくれるようになっている。子供たちは監視されていることなど気づかず、毎日を過ごしている。


 また、住居には子供たちの体を解析し、健康状態を確認するシステムが埋め込まれている。さらに宗教的な慣習として子供たちには今日の終わりにその日の気持ちを日記という形でタブレットに記述してもらっている。これで精神状態を確認している。


 心身の健康維持、善行の教育、尽きることのない食糧。

 それらはユートピアにとって必要不可欠な存在である。


「柊さんは、幸せになるために必要なものの答えは出ているんですか?」


 沈黙を破るように僕は彼女に対して質問をし返す。こんな質問をするということは彼女の中では答えが出ているのだろう。案の定のようで、質問をするや否や彼女の口が綻び、口角が上がる。


「もちろんだ。私の答えは『鈍感』になる力だ」

「鈍感になる力? どういうことですか?」

「君はこのユートピアに住みたいと思うか?」

「うーん、難しいところですね。正直、あまり魅力的には感じません」

「そうか。その原因は、私たちがこの理想郷の仕組みについて知っているからではないだろうか?」


 彼女の言葉を咀嚼して考える。

 右手を顎に乗せ、左手を添えるように右肘につける。

 僕が魅力的に思えなかった理由は多々あった。

 

 監視カメラにより常時行動を観察されていること。

 自分が教わっている相手はプログラムされたロボットであり、愛情も何もないこと。

 歴史は改竄され、自分が現実だと思っていたことはフィクションであること。

 その他諸々。考え始めるとキリがない。


 しかし、その全ては自分が情報を知っているからこそ言えることだ。


「確かにそうかもしれないですね」

「つまり、何も知らないことが『幸せ』にとっては必要な条件なのだよ。物事に対し、鈍感であり、何も感じない・何も知らないというのが我々にとっては幸せへの近道になるのさ」


 なるほど。でも、僕にとってそんな世界は……


「ユートピアというのは人間にとっては『とてもつまらない世界』かもしれないですね」


 小さくそう呟く。

 柊さんもまた僕に同調するように声をあげた。 


「全くもってその通りだよ」

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