テレビ

禁母夢

テレビ

「昨夜未明、市外河川敷にて女性の遺体が発見されました。遺体は損傷が激しく身元の確認を急いでいますが…………」


昼下がりのワイドショーの幕間。


テレビから流れてくるニュースに耳を傾けながら俺はコーヒーを口に含む。


「最近物騒だね。この辺りでもそういう事件があったんだって?」


向かいの席に座っている母さんが画面を眺めつつ呟いた。


確かにここ数日は殺人事件や凄惨な交通事故といったそういった話題が多い気がする。


それらは俺達の生活に直接影響してくるわけではないのだけど、それでもなんとなく不安にもなる。


自分達にも起こりうる可能性なのだと思うと背筋が寒くなるような感覚を覚えた。




そんな事を考えながらぼんやりしていると、ふいに母さんの視線を感じた。


目を向けると彼女は頬杖を突きながらこちらを見つめている。


その表情にはどこか仄暗い欲望の色を孕んでいるように思えた。


何か言いたい事があるのかと思い少し待っていると、やがて母はおもむろに口を開いた。


「ねえ、あんたさぁ。彼女できたりしないわけ? そろそろいいんじゃないの?」


唐突に投げかけられた言葉の意味を理解するまでに数秒を要した。


そして理解すると今度は返答の言葉を探すために頭をめぐらせる。


答えに窮している様子の俺を見て、母さんは何とも言えない顔を浮かべていた。


まるで嘆くかのような――あるいは憐みのような感情を含んだ瞳だった。


「……まあ、いいけどねぇ」


そう言うと再びテレビの方に向き直ってしまった。


僕はといえば頭を掻いて溜息をつくしかない。




僕が実の母親と肉体関係を持つようになってもう数年になる。


きっかけは本当に他愛のない流れからだったのだが、今となってはそのきっかけすら思い出せないくらい自然にそれは始まったのだ。


最初はただふざけて母が当時中学生だった俺の身体に触れてきただけだった。


肩や胸に筋肉が付いてきたとかすね毛が生えてきたとか、俺の体をさすりながら母はそんなくだらない事を言って笑っていた。


ただそれだけの事なのに何故か俺は俺で母の手の感触に興奮してしまっていた。


異性に関心を持ち始めて間もない頃だったからか理由は分からないけれど、きっと性欲を持て余していただけだと思う。


普通に触ってただけだろうに、とにかくその時は母の触り方がいやらしく感じて仕方がなかった。


いや、そう思いたかったのかもしれないけれど。


ともかくそれからというものなんとなく母との関係がビミョ―な雰囲気になっていった。


お互いに意識してギクシャクし始めたというわけではなく、何と言うか……お互いの距離感を掴みかねているというか、微妙な距離ができてしまったのだ。


気まずくて話しにくいという訳ではないんだけど、以前のように気軽にスキンシップを取る事もなくなった。


それがなんだか物足りないような気持になってしまったし、正直自分でもどうして良いのか分からなかった。




そんなある日のこと。


いつものように仕事帰りの母と一緒に夕食を食べていた時だった。


食事中はほとんど会話もなく黙々と箸を動かしていたが、食後のお茶を飲み始めたあたりで母さんの方を見ていると目が合った。


特に意味があって見ていた訳ではなかったのだけど、どうやら向こうも同じようで不思議そうな顔をされた。


「なーに見てんのよ」


「別に何も……」


「ふぅん……?」


しばらく見つめ合う形になったが、先に目を逸らすのは決まって僕の方だ。


たぶん何となく察されてしまったんだろう。


親子だから。


でもそれ以上は何も言わない。


少し気まずい雰囲気になったのを誤魔化すように、久しぶりに母は僕の肩に手を置いてきた。


「大きくなったね、あんた」


しみじみと言って、じっと見つめられる。


「いつの間にこんなに大きくなって……」


「そりゃそうでしょ」


苦笑いする。


母は昔と変わらず若く見えるようでも、よく見ると少しずつ年齢を感じさせる部分も増えてきている。


肩に置かれたままの母の手がきゅっと掴んでくる。


(なんだよ)


そう思って振り向くと、母は少し寂しげな表情をしていた。


「若いっていいわよねえ……」


「……………」


「もう40になるのよ、私。自分でびっくりだわぁ」


「うん……」


「…………」


気づけば母の目は真っすぐに僕を見据えている。


「ねえ、あんたさぁ……彼女できたりしないわけ?」


唐突な質問。


母の意図は分からなかったけれど、とりあえず答えておく事にしようと思った。


「う~ん。いないなぁ」


「へぇ、寂しい奴ねぇ」


母は少し呆れたような顔をしながら、また俺を見ている。


「母さんは寂しくないの?」


母は少し考えるような素振を見せた後、苦笑いを浮かべた。


その表情は何だか諦めにも似た感情を含んでいるようにも思える。


そしてそれっきり黙って僕を見続ける。


吸い寄せられるように顔を寄せても、母は可笑しそうに微笑むだけで何も言わない。


20センチ、10センチ……5センチ……


唇が触れる瞬間、母の顔に一瞬の緊張が走る。


そして、ゆっくりと目を閉じる。


「……っ」


押し付けた唇の感触は柔らかくて、少し乾いていた。


舌を差し込むと、母の口内からはさっきまで食べていたカレーの味と匂いが残っている。


鼻先に感じるスパイスの香りに母の唾液と化粧の匂いが混ざる。


かすかに母の息が荒くなったようで小さく鼻を鳴らす音が聞こえてくる。


やがて母が俺の首に腕を回してくる。


(母さんが女になっていく……)


そう思った。


そのまま抱き締められると、母の身体はとても柔らかく温かい。


まるで子供の頃に戻ったかのように錯覚してしまうほど安心感を覚える。


一方で目の前の母がただのやれそうな女にしか見えなくなる。


俺が求めているのは肉親の体温ではなく、あくまでこの身体なのだと強く思う。


そう思ってしまう自分に嫌悪感を抱くが、それでも母を求めてしまうのだ。


同級生の女の子なんかじゃ考えられないような、熟れて爛れた欲望が渦巻いている母。


丸々とした肉体から臭気のようなフェロモンが発散されているような気がする。


そんな母と俺は快楽の淵へズブズブズブと沈んでいった。


数年前のそのとある日から。




「ふぅ……」


母は俺の肩に頭を乗せてため息をつく。


微かな疲労の色が見え隠れしている。


「疲れた……」


母は俺の肩に顎を乗せ、背中に手を回してくる。


汗で湿った肌と肌が密着し、ぬめった感触が伝わって来る。


「もう歳ね。最近体力が無くなってきたみたい」


「……そんなことなかったと思うけど」


ついさっきまでの事を思い出しながら答える。


「あんたは元気ね。若いって羨ましい」


そう言いながら、母は僕のを撫でてたと思うと跨ってきた。


僕はされるがままに身を任せたが、敏感な部分を刺激され思わず声が出そうになる。


それを堪えながら、自分の身体の上にいる女の顔をした母を見上げた。


今までずっと見てきた気丈な母の面影はない。


額には玉粒ほどの脂汗を滲ませたまま、だらしなく口を半開きにして喘いでいる。


僕の上で腰を振るたびに垂れかけた乳房が揺れる。


動く度にベッドが軋み、母の口の端から一筋の涎が滴り落ちる。


脂肪の塊のようなずっしりとした重みがのしかかってきて、圧迫してくる。


僕の上で身体を大きく仰け反らせ、母が達する寸前で引き抜くと下腹部に吐き出した。


「はあ……はぁ……はぁ……」


肩で息をしていた母は僕の上から退くと、僕の横に寝転がった。


しばらくすると母は僕の方に向き直り、ぎゅっと手を繋いできた。


「はあ……はぁ……はぁ……はぁ……」


母の呼吸が落ち着いてきたところで、母は僕の耳元で囁いた。


「ねえ、あんた……いつまでもこのままでいいわけ?」


「……どういう意味?」


「いつまでも母親相手にセックスしててそれでいいの?」


「別にいいけど」


「……あっそ」


母は呆れたように溜息をつくと、僕から離れて煙草を取り出した。


「身体に悪いよ」


「うるさいな」


母は僕の忠告を無視して火を付けると、煙を思い切り吸っていた。


「空しくならない?太ったおばさん相手に腰振ってて」


「別に。若い女の子の機嫌取ったってやることは一緒じゃん」


僕も一本貰い、口にくわえると母はライターの炎を貸してくれた。


二人で並んで天井に向かって紫煙を吹き出す。


しばらく無言でいたが、不意に母が呟くようにして言った。


「言ってなかったけどさ、私再婚しようと思ってて」


「ふーん」


「……驚かないのね」


「まぁ、何となく分かってたから」


そう言うと母は少し意外そうな顔をした後、苦笑を浮かべた。


「何よ、気づいてたんなら言ってくれたって良いじゃない」


母は不満げに言って、煙草を灰皿に押し付ける。


「……あんたはそういうとこあるわよね」


「何が?」


「何でもない……私再婚してもいいの?あんたは」


「したいんでしょ?母さんは」


「まぁね」


「なら文句言ったら母さんが可哀想じゃん」


「あんたは優しい子だね」


母は嬉しそうに笑って僕の頭を撫でてきた。




テレビから流れてくるニュースは相変わらずとりとめもない。


住宅街に猪が出たとか、政治家の汚職事件だとか、どこかの国で起きたテロの話や、芸能人の離婚騒動。


殺人事件に比べたらどれもこれも他人事だ。


ぼんやり眺めていると、母さんが横で欠伸をした。


「そろそろ買い物行かないと。何か欲しい物ある?」


「特に無いよ」


「そう」


母さんは短く返事をすると、脱衣所へ消えていった。


しばらくしてシャワーの流れる音が聞こえてくる。


背筋を伸ばして欠伸をすると、そのまま後ろに倒れ込んだ。


しばらくボーっとして、それから目を閉じた。




気づけば少し眠ってしまっていて、目を覚ますと母の姿はなかった。


どうやら買い物へ行ったらしい。


付けっぱなしのテレビからは夕方のニュース番組が流れている。


「ふぅ……」


起き上がると、大きく伸びをしてソファに座り直す。


母が帰ってくるまでまだ時間があるだろう。


(たまには勉強でもするか)


そう思い、部屋に戻っていった。




完 

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