あの雪の日に

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あの雪の日に

  十二月十五日、俺と由紀は今、田舎町にしては高級と言われているカフェで、それぞれ好きな飲み物を飲んでいた。

「テスト、やっと終わったよー」

 そう言いながら、オレンジジュースを飲んでいるのは、いつも元気いっぱいで天然ぎみな由紀。

「ねぇ、剣成くん、こういう時が、圧倒的解放感! でねー」

「俺は毎回勉強してないから関係ない」

 そう言って、砂糖をたくさん入れたコーヒーを手にして俺は飲む。

「苦い……な」

「え、剣成くん、砂糖いっぱい入れてなかったっけ?」

 最近由紀と話す時、なぜか口がうまく滑らない。

 由紀とは幼稚園から高校までずっと同じで、由紀と、美穂というもう一人の幼馴染の三人でいつも一緒にいた。

 だが、美穂は高校生になって俺たちと一緒にいることが無くなった。バイトと勉強を頑張りたいからと俺たちから離れていった。今は二人で登下校をともにしたり、遊んだりしている。

「まだ苦いなら、私がもっと砂糖を足してあげるよー」

 由紀はそう言い、テーブルに置いてあった砂糖の箱からひとつまみして俺のコーヒーの中に入れた。

「そんな少量かけても全然変わらねーよ」

 美穂がいなくなってからも、由紀とは今まで通り友達として接していたつもりだったし、少しボケている所がウザかった時も多く、由紀にイラつくこともたくさんあった。

 しかし今年は、このクリスマスシーズンが近づくにつれて由紀と話す時にドギマギすることが多くなった。

 俺はこの高校一年生というタイミングでようやくクリスマスを意識するようになったらしい。今まで友達と思っていた由紀を別の……存在として意識してしまっているのかもしれない。正直この状態は気持ちよくはない。味を使って例えると、とても苦い日常だった。

 由紀が、ことんと静かに鳴らしコップを置いた。

「ねぇ、学校の近くにでっかい公園あるじゃん」

「あ、うん。それがどうかしたの?」

 彼女は神妙に覗き込むように顔を傾けた。

「二十四日、今年もクリスマスパーティーが開催されるみたいなんだけど……今年は一緒に行かない?……」

 そう、彼女にしては珍しく、ゆっくり慎重に尋ねていた。

 その言葉を聞いた途端、心臓が少し縮まった気がした。

「いいよ」

 俺はとっさにそう口が動いていた。

「え、ほんと! やった!」

 由紀はガッツポーズをとった。それを見て、また心臓がきゅと縮まった気がした。

「楽しみにしているね!」

 今までの俺なら由紀からの誘いに乗ったとしてもただ単に、予定が入ったな、ぐらいの認識だったのに今はなんか違う。予定は予定でもなにか特別な予定が入った気分になった。

 

 

 次の日、学校に登校した。寝坊してしまったので時間ギリギリに着いてしまった。だけど、教室を見渡しても由紀の姿はなかった。

 俺は、すぐに由紀と仲が良い女子のもとに駆け寄って聞いてみた。

「今日、由紀休みなの?」

 その女子は怪訝そうな顔をして、

「剣成、聞いていないの? 風邪ひいてしまったって昨日メールで言っていたよ」

 と言った。

 由紀はこの日休んでいた。今の季節は風邪が流行っているし、知り合いが休むことは珍しくないのに、なぜか心が沈んでいた。

「剣成、今日は静かだな。由紀ちゃんが休んでいて悲しいかー」

 いつも通りを装って生活していたが、そう友達に指摘された。

 俺と由紀は一緒にいる事が多いので友達によくからかわれる。

 そしていつもなら、友達にそんな風に言われたら、別に由紀のこと好きじゃねぇし、みたいに反論するのに、今日は何も言い返すことができなかった。

 最近、由紀に対して抱いている感情が、自分にはよく分からない物になっていた。いや、分かってはいるが、その状況がうまく飲み込めないでいた。

 明日は由紀が学校に来るはず。その時に俺の気持ちがどれくらい変化するのか確かめてみよう。そして、由紀に対して抱いている感情がどんな物かを少しでもいいから理解したい。

 ただ、次の日になって学校に行ってみたけど、由紀は来ていなかった。風邪で二日間休むことは、珍しくないからその時は驚かなかった。

 しかし、由紀はその次の日も、さらにその次の日も来なかった。

 

 

 おーい、由紀。大丈夫か。インフルか?

 流石に四日間も来なかったら心配してしまう。だから、学校から帰ったら後、メールを由紀に送ってみた。

 由紀は、こっちがメールをしたらすぐに返信してくれるタイプなので、俺は携帯をしばらく見つめていたけど、五分、十分、三十分、一時間経っても返信が返ってくることはなかった。

 俺はその日の夜、寝れなかった。

 ただでさえ、最近由紀に対しての感情がおかしくなっているのに、由紀自身が最近変だと思ってしまうと、俺はもう本当によく分からない複雑な気持ちになる。

 布団の中で長い時間を耐えぬき、近くに置いているデジタル時計を見ると、五時を示していた。由紀はいつも早起きしていて、毎朝五時に起きている。

 

 今から君の家に行くから。五時半ぐらいには着くと思う。

 

 そうメールを送った。俺は、どうしても由紀と会いたかった。

 昨日のメールの返信はまだ帰ってきていない。

 だけど、由紀は風邪をひいたとしても毎回メールしてきて、一時間ぐらいやり取りをする。スマホをつついていないとも考えられないし、俺のメールも見ているとも思いたい。

 私服を着てマフラーをつけて外に出た。

 この温暖な地域では珍しく、雪が降っていたが、積もってはいなかった。

 自転車にまたがり、由紀の家に向かった。手袋をつけるのを忘れてしまい、手が霜焼けてとても痛い。それでも歯を食いしばって懸命に進んだ。

 由紀の家の近くまで来た時、俺は少し嬉しくなった。由紀が白いジャンパーのポッケットに手をつっこんで白い息を吐きながら立っている姿を認識したからだ。

「おはよう、由紀。メール、見てくれたんだ。朝早くからすまない」

 由紀の前で自転車を止めて話しかけると、彼女は一瞬怯えた顔をした気がしたけど、次に顔を見た時にはうっすら微笑んでいた。

「久しぶり、剣成くん」

 そうぼそりとした由紀の声を聞いた。いつもとは真反対のテンションだった。

 やっぱり、由紀の様子はいつもと違う。

 由紀からなにか話し出すかもと思って待ってみたが、なかなか話し出さない。

 俺は、ストレートに聞きたいことを聞いてみた。

「ねぇ、なんで最近学校休んでいるの? なんかあった?」

 由紀は俺のその言葉を聞いて、悲しい顔をした。

「え、それは、まぁ剣成くんには関係ないかな」

「俺が心配している時点で、もう関係ないことではない」

 由紀は俺のその言葉を聞いた瞬間、はっと顔をあげ、俺を睨みつけた。

 睨みつけられた俺はびくっと驚いてしまった。

「もうそんな事言わないで! 絶対に……もう……」

 由紀はそう怒鳴り、そして項垂れていく様子だった。

 まず、なんで? って思った。何も由紀に対して酷い事は言っていないと思う。それどころか、由紀の事を心配しているのに。俺には、現在の由紀の気持ちが全く理解できなかった。

「由紀、何があったか教えてくれない? お願い」

 そうじっと由紀を見つめてみるが、彼女は無言のままうつむいていた。

 俺はなかなか事情を教えてくれない由紀にイラついてか、頬にビンタをしてしまった。

「教えて!」

 そう強く言葉を放った瞬間、泣き声が聞こえた。俺はこの時に、自分が何をしてしまったのかに気づいた。

 由紀は思い切り俺の手を払った。

「ごめん、もうほんとに、二度と君の顔を見たくない!」

 そう言って、由紀はづかづかと家の中に入っていった。

 俺はなにがなんだか分からなかった。最後の由紀の台詞を聞いてから、ただただ呆然とする他なかった。

 

 

 あの日から何日経ったのだろうか。俺はあれから学校に行っていない。行く気になれなかった。

 由紀に無理やり問い詰めてしまった。由紀に暴力をふるってしまった。俺はもうあいつに会う資格なんてない。

 もう会えない、その事実がたまらなく苦しかった。

 ピーポーン

 インターホンが甲高く鳴った。

 今、親は仕事に出ている。対応するのが面倒くさいから居留守しようと思った。

 ピーポーン

 まだ諦めていないのか、その後も一分置きぐらいに誰かがチャイムを鳴らし続けた。気になったので二階の部屋の窓からそっと覗いてみた。

 それがいけなかった。その人と目が合ってしまった、というよりかは、その人がずっとこっちを見ていたみたいだった。

 

 

「ねばって良かった」

 玄関のドアを開けると、美穂がいた。こいつは中学生の頃までずっと一緒に遊んでいた俺と由紀の幼馴染だ。

「あんた、なんでそんなに学校休んでいるの。もう二学期終わったよ」

「いいだろ。休むのは俺の自由だ」

 美穂は玄関で靴を脱いで、許可無く俺の部屋に上がっていった。

「わー、懐かしい。小さい頃はここでよく遊んでいたなー」

「そうだな」

 美穂が俺の足を蹴ってきた。

「バカ」

「え、なに?」

「あんたが休んでいる理由は大体想像つく」

 ついさっきまで、美穂は穏やかな表情をしていたのに、今はすごい真剣な表情になっていた。

「美穂も由紀に会ったの?」

「昨日会ったけど、あんたの話は何もしていなかったよ。珍しく」

 やっぱり由紀にとって、もう俺のことなんてどうでもいいのだろう。

「俺、あいつに嫌われた」

「なんで?」

「無理やり事情を聞こうとした。暴力をふるった」

 美穂は深いため息をついた。

「それであんた、ずっと引きこもって……由紀と仲直しよう、って思わないわけ? 謝らないわけ?」

「あいつは、俺の顔をもう二度と見たくないと言った。だから諦める」

 部屋の周りを見ていると、写真立てがあった。その写真立てには、幼稚園の頃の俺と由紀と美穂の三人がジャングルジムで楽しそうに遊んでいる写真があった。

「剣成、由紀と仲直りしてこい」

「は? なんで? っていうか、お前に何の関係があるの?」

 そう言った次の瞬間、俺の頬に強い衝撃が走った。

「誰のために私が、あなたたちから離れていったと思うの!」

 美穂は顔を真っ赤にして、泣きながらそう言い残し、ドアを乱暴に開けて部屋を出ていった。。

 美穂の感情の移り変わりの早さにとても驚いた。

 誰のためにって……忙しいから離れたんじゃないのか?

 由紀にしろ美穂にしろ、女子は物事をストレートに言わないから分からない。そう、俺は由紀の言いたい事も、美穂の言いたい事も分からなかった。

 誰のためにって……俺? 由紀? 仮にどっちかだったとしても、なんで友達が離れていくのを望む?

 

 

 ふと目を開けた時、周りは暗かった。どうやら部屋の地で寝ていたようだった。近くにあるデジタル時計は八時を示していた。

 頭がぼんやりしていた。喉が痛い。動きたくなかったけど、水を飲まないと流石にやばいと思い、一階のリビングへ降りていった。

 リビングのテーブルには、あるチェーン店のハンバーグ弁当が置かれていた。お母さんは洗い物をしていた。

「剣成、やっと降りてきた。今日、ご飯作る気力が無かったから買ってきた。それ食べて」

 俺は返事を返さず、冷蔵庫から水を取り出す。それをテーブルにあったコップに注いでごくっと飲む。

「その様子だったらもう知っていると思うけど、由紀ちゃん、転校するらしいよ」

 転校、由紀は、だから俺に対して冷たかったのか。いや、なんで転校が決まっただけで俺に冷たくするのか、学校に行かないのか。

 ああ、もう由紀の事はいい。女子は面倒臭い。考えても無駄だ。これからは男子友達とだけつるもう。

 ハンバーグ弁当を一気に食べ、ご飯もかきこんで自分の部屋に上がっていった。この数日間で俺の脳みそが疲れ切っていた。

 

 

 星空を見ていた。無数に星はあり、光の強さがそれぞれで違っていた。俺は、星座はオリオン座しか覚えていなかったが、それ以外の、俺が知らない星座もきれいで見ていて心地よかった。

「ちょっとー、剣成くん、なにしてるの?」

 横を見ると、由紀がいた。今、クリスマスパーティーが開催されている公園のベンチで休んでいたところだった。

「ごめん、星見てた」

「ほしー? あ、たしかに今日きれいだねー」

 由紀は幸せそうな顔で夜空を眺めていた。そんな顔を見て、俺も無性に嬉しくなった。

「うん、星もきれいだけど……月もきれいだね」

「え、月? 雲に隠れて全然見えないけど……」

「きれいだよー!」

 そう、二人で少しおしゃべりしているが、俺は今悩んでいる。

 最近、由紀に対して抱いていた感情をようやく素直に飲み込めた。俺は由紀の事が好きっぽい。そして、思い切ってこのクリスマスの場で告白する事に決めた。

 だけど、どういうシチュエーションでそれをするか悩んでいた。

「よし、屋台まわろ。クリスマスパーティーってこんなに出店が多かったなんて知らなかったよー」

 立ち上がって由紀は笑顔でそう言った。

「そうだね」

 俺も立ち上がろうとした時だった。由紀が俺の右頬にキスをした。

「え」

「どうしたのー。早く立ってよー」

 そう言って由紀は屋台の方へ歩きだした。

 俺も慌てて立ち上がって由紀の後ろをついていった。俺は今しかないと思った。告白するタイミングはここしかない。

「由紀」

 そう強く呼びかけた。ここは屋台の通りでたくさんの人が行き交っている。それでも今だと思った。

「俺、お前のことが好きだ」

 その言葉を聞いてから数秒間、由紀は固まっていた。そして、急に体が震え出していた。

 あ、まずかったかな。

「あの、ごめん。忘れて」

 そう言った直後、由紀は振り向いた。泣いているけど、とても笑顔だった。

「もう! 取り消さないでよ!」

 

 

 次に瞬きをした時には辺りが暗かった。俺は瞬時に理解した。

「夢、だったか」

 まだ右頬にキスされた感触が残っていた。それからまた寝ようとしたが、さっきの夢を忘れることができなくて、なかなか寝付けることができなかった。

 

 

 ふと目が覚めた時、布団の中にいた。時計を見てみると、夜の二時。いつもなら朝までぐっすり寝られるのに今日はぱっと目が覚めてしまった。

 頬に冷たい感触があったので、近くに置いてあった手鏡を見てみると、瞼の下から涙が溢れていた。

 夢の中で剣成くんとクリスマスパーティを楽しんでいた。

 私は、いつもならしないよう事も色々してみた。積極的に攻めた。キスもしてしまった。そしたら、夢の最後あたりで剣成くんが告白してきて……。

 泣きたい。そんな現実は絶対に訪れない。私は剣成くんに酷い事を言ってしまった。剣成くんは私のことをわざわざ気にかけてくれて家にまで来てくれたのに、感情任せで剣成くんを傷つけて……。

 とても眠たいけど、今日はもう寝たくなかった。他の夢を見たくなかった。

 

 

 十二月二十四日、クリスマスイブ。起きて外を見ていると雪がたくさん降っていた。ずっと家に引きこもって外の空気を近頃吸っていなかったので久しぶりに外に出てみる事にした。

 パジャマから私服に着替える。私服の上にジャンパーを着て、マフラーをつける。部屋を出て直接玄関へ向かう。玄関の棚の上にある手袋をはめて外に出ようととした時、後方から速い足音が聞こえてきた。

「剣成、おはよう。朝ごはんもうできてるけど」

「ちょっと散歩行ってくる。すぐに帰ってくる」

 そうお母さんに言って、俺は玄関の扉を開けた。

 雪で周りの風景は、白色に染まっていて、地面には足が埋まるほど雪が積もっていた。

 玄関に出て、不意にポストに目を向けた時だった。一枚の紙切れが挟まれていることに気がついた。その紙を見てみると、たくさんの文字が書かれていた。

 

 剣成くんへ。

 あの日はごめん。私、東京に引っ越す事になったの。それがいやで落ち込んでいたから、つい感情的になってしまって。これ以上、剣成くんの優しさに浸りたくなかっただけだった。勘違いしないで、私は剣成くんのこと嫌いじゃないし、これからもメールで話したいと思っている。だから、この想いを手紙でちゃんと伝えたいと思って。それじゃあ、またね。メリークリスマス。

 

 おそらく、今日の朝早くに、ポストに入れんたんだろう。

 この手紙を読み終えた後、もうどうでも良いと思っていた由紀に、会いたくなってきた。あの夢の影響もあるかもしれない。

 でも、会うのはやめておこう。もう問題は解決したし、俺たちはすでにメールで繋がっているから、余計な事はしない方が無難だと思った。

 手紙を小さく丁寧に折りたたんで、ポケットに入れ、散歩がてらに学校へ向かった。昨日までずっと家にいたので、ちょっと歩くだけで足がすぐパンパンになる。

 学校に着いて、校舎を見てみる。ちらほら光がついている教室が見えるが、なんとなく閑散としている気がした。

 それとは別に、少し遠くでにぎやかな音と声が聞こえてくる。

 その方へ足を運んでみると、お祭りが行われていた。

 今日はクリスマスイブ、二十四日。たしかに由紀は前に、学校の近くの公園でクリスマスパーティーをやると言っていた。

 少しのぞいてみることにした。

 屋台はすべて、雪が積もっても壊れないような頑丈な板みたいなもので作られていた。ケーキやチキン、アクセサリーなど色々な物が売られていた。

「よぉ、そこのにいちゃん。ちょっと寄っていかねーか?」

 十分ぐらい公園の屋台を見て回った後に、アクセサリー屋さんのおじさんに声をかけられた。

「きみ、かっこいいねー。彼女いるでしょ。ちょっと見ていかねーか?」

 今お金は持っていないし、アクセサリーに興味がないのでそそくさと通り過ぎようとした時だった。

「俺はな、由紀のお父さんだ」

 思わず、反射的におじさんを睨みつけてしまった。このおじさんはあの由紀のお父さん?  動揺してしまったが、すぐに平常を装った。

「そうですか、初めまして。でもなんで俺の事、知っているんですか」

「は? そりゃーおまえさん、由紀は毎日お前の話をしていたからな。ツーショットの写真もよく見せてくるぞ」

「それ、本当の話ですか?」

「そうだ。あいつはお前と一緒にいる事が楽しいのだそうだ。毎日おまえさんの話をしていたぞ」

 由紀が家族に俺の話を毎日、その言葉を聞いて少しだけ、たまっていた心の疲れが和らいだ気がした。

「まあ、引っ越す事が決まってから由紀は元気がないがな。明日にはこの町を出ていくから、今日にでもあいつと会ってくれ。お、にいにゃん、これはどうだ?」

 おじさんはそう言い、バラの花柄のアクセサリーを渡してきた。

「バラはな、恋人に愛を伝える意味を持っているんだ」

「いや、由紀は恋人じゃ……」

 そう否定しようとしたけど、次の言葉をうまく繋ぐことができない。もう俺は由紀のことが……。

「由紀はおまえさんの事、好きだと思うよ。そのアクセサリー、まけてやるよ。半額で五百円。買うか?」

「買います」

 口は勝手に動いていた。

「今はお金ないんで、由紀経由で渡します」

 俺はおじさんからアクセサリーをもらい、走り出した。今から由紀に会って渡したい、そう思った。

 この公園から由紀の家までは遠いが、俺は息を切らしながら懸命に走り続けた。積もっている雪のせいでなかなか思うように進まなかった。手袋していても手は寒くて辛かった。それでも懸命に走り続けた。

 一時間後、ついに由紀の家の前まで来た。その時には息がたえたえになっていて、とても苦しかった。

 インターホンを鳴らす。しかし、何分たっても由紀は出てこない。駐車場に車がないので、どこかへでかけているのかも知れない。

 そう思い、諦めて帰ろうとした時、スマホが振動した。

 由紀からの電話だった。

「もしもし、由紀、今どこ?」

「たすけ、て」

 由紀は息をはぁはぁしながら早口でそう言っていた。

「今どこ!」

「いえ、のなか」

 俺は急いで由紀の家のドアノブを引っ張った。

 ドアの鍵は空いていた。リビング、トイレ、風呂場を覗くがいない。

 次に二階に上がってみた。彼女がいた場所は階段上がってすぐの所だった。由紀が地面に倒れていた。とても息苦しそうだった。

「けん、せい、く、ん」

「もうそれ以上しゃべるな!」

 俺は急いで百十九番通報をした。

 

 

「剣成くん、ごめん。迷惑かけた」

「そんなの……おまえ、あの時やばかったんだぞ」

 由紀はえへへ、とうすら笑いをした。由紀の両親はまだ病院に到着していなかった。俺と由紀は今二人きりだった。

「私、今けっこう心臓病が進行しちゃってるんよね」

 心臓病、よく聞く病気で命に関わる事は知っている。でも、あんな元気な由紀が病気を患っていたなんて。俺はなぜか、自分ごとのように辛くなった。

「東京には腕利きの良い医者がいるから、これからはその人に見てもらうことになったの。大丈夫、必ず治してもらうから」

 由紀の顔はとても笑顔だったか、心は笑えているんだろうか。そう考えている時、由紀に肩をこつんと押された。

「でも、なんであんな早くに来てくれたの? 私、君が来る頃にはもうダメなんじゃないかと思っていたけど」

「たまたまここらへん歩いていたから」

 由紀はそっかと呟き、視線を俺から自分が寝ているベットのシーツに移した。

 たまたま、じゃないなと思った。

「実は、これをお前に渡したかった」

「これって……」

 由紀は俺からバラのアクセサリーを取り、まじまじと見つめた。

「これ、お父さんが作ったやつ」

「そうだよ。きれいなアクセサリーだったから買った」

 由紀はアクセサリーを見た後、嬉しそうに俺を見た。

「ありがとう! あの、明日の朝にはもうここを出ていくから」

「分かった。明日見送りに来るね」

 俺は由紀の両親がここに来る前に、病院をあとにした。

 

 

 十二月二十五日、午前五時。俺はふと目が覚めた。外はまだ暗かったが、今日も雪が降っていてとてもクリスマスらしい日だった。

 病院から帰った後、由紀から出発時刻は七時だと、メールが届いていた。あと二時間も由紀と会えないのが辛かった。早く会いたかった。

 布団の中でくるまりながらぼーとしていると、スマホが振動していた。由紀から電話がきていた。

「剣成くん、おはよー。起きている?」

「うん、今さっき起きたけど」

「今から雪遊びしない!?」

 由紀は朝早くにも関わらず、弾んだ声を出していた。俺はその声を聞いて、嬉しくなった。その声は、いつもの由紀の声だった。

 それから三十分後、俺たちは由紀の庭で雪遊びをしていた。

「剣成くーん、早く丸めてくれなーい?」

「これ以上雪に触ることができないんだよ、冷たすぎ……。一個、でかいのはできているし、雪だるま作りはもうやめにしない?」

「だーめ! 二個できてようやく完成するんだから」

 俺は寒くて痛い手を懸命に動かして、ある程度の大きさの雪玉を作った。

 その上に由紀が作った雪玉を乗せて、石とにんじん、木の枝でうまく顔を作って、二体目の雪だるまが完成した。

「あの、なんで二個も作ったの? 一個でも良かったんじゃない?」

「剣成くん、そのマフラーかしてー」

 そう俺の話を無視して、由紀は俺から無理やりマフラーをぶんどった。そして、それを一個の雪だるまにまきつけ、もう一方の雪だるまに、俺があげたバラのアクセサリーをかけた。

「これが私で、これが剣成くん!」

 二体の雪だるまは意思がないただの雪の塊なのに、とても幸せそうに見えた。その事がなんか、無性にうれしかった。

「由紀」

 今このタイミングしかないと思った。

 そう思っていた瞬間だった。俺は体全体に暖かい体温を感じた。横を見ると由紀の白い顔が近くにあった。

「私、剣成くんのことが好き。今までありがとう。私のこと、忘れないでね」

 いまにも泣き出しそうな由紀の顔を見て、心臓がドクンと鳴った。

 俺は由紀の頭を優しくなでた。

「俺も由紀の事、好きだよ。またいつか一緒に遊ぼう」

 その後も、雪が降り続ける中俺たちは、長い間抱きしめ合っていた。

 

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