第33話

 その日の夜。

 ケリーによって寝衣を整えられた聖は、着せられた透け感のある薄いドレスを指先で摘まみ、頬を真っ赤に染めた。

「ケリー、本当にこのまま? なにか上に着たらだめなの?」

「えぇ、当然です。セイ様の透き通るような肌を最大限に生かすために頑張りました! これで手を出さない殿方はいませんよ!」

 ぐっと親指を立てられても喜べない。これ以上聖女が召喚されないように、聖とオーウェンが手を結んだことをケリーは知らないのだ。

 王都近くの森の瘴気を祓った際に、オーウェンに命を救われた。そのことに感動した聖は、その後、彼からのプロポーズを受けて、この国に留まる決意をしたとだけ伝えている。

 だから、そんな気遣いは不要だと告げるわけにもいかず、聖は苦笑を返すしかない。

「でも、恥ずかしいんだよね」

 あからさまに男性を誘うような格好である。こんな姿で聖がベッドにいたら、手を出してくださいと言わんばかりではないか。

 それをケリーは期待しているし、王侯貴族たちも同じ考えであるだろうが。

 聖は、ともすれば胸の先端が透けて見えそうなドレスの前を隠すように腕を回し、これでもかと言うほど足をキツく閉じた。

 しかし今度は身体のラインが強調されてしまい、いやらしさはなくならない。どうすればいいのだと目を泳がせていると、ケリーの背中を押されて寝室へと追いやられる。

「恥ずかしがっているセイ様もお可愛らしいのです。さぁさぁ、そろそろ殿下がいらっしゃいますから、私は失礼させていただきますね」

 ケリーはスキップでもしそうな足取りで部屋を出ていった。寝室に一人残された聖は落ち着きなく周囲をきょろきょろと見回す。テーブルには水差しとグラスが置かれており、ベッドメイキングは完璧に整えられている。

(今日……婚約したばかりだよ)

 この国で一番尊ばれる聖女の扱いにしては軽く思えてしまう。いくら婚約関係にあるとしても、その日の夜にこれとは。

 この国は聖女を使い捨てることになんの後ろめたさも感じていないのだ。さっさと子どもを作り、さらに聖女としての仕事も全うしろ、ということなのだろう。

(陛下は、そんな感じがしなかったけど……最近、人を見る目に自信がなくなってるからな。陛下は自分の奥さんを殺すって決断をした人だし……)

 考えたところで、この国の王がなにを考えているかなどわかるはずもない。

 着替えるわけにもいかず、仕方なく聖はそのままベッドに入った。

 ケリーは、そろそろオーウェンが来ると言っていたが、彼は仕事で遅くなると言っていたのだ。先に寝ていていいとも。ならば、もう寝てしまえばいい。

 いつもなら気にならない風の音が耳につく。これだけ静かだと自分の心臓の音さえ聞こえてきそうだ。

(寝ないと、オーウェンが来る前に寝ちゃえば、きっと大丈夫)

 聖はベッドに入り、目を瞑る。だが眠気はまったくやってこない。そして一分も経たずに、オーウェン側の部屋から寝室のドアがノックされた。

「……っ」

 心臓が激しく音を立てた。寝室に入れるのは、自分のほかに一人しかいない。つまり、ドアをノックしているのはオーウェン以外いないわけで。

「俺だ。入ってもいいか?」

「は、はいっ」

 聖はがばりとベッドから起き上がり、寝衣に着替えたオーウェンを見た。仕事で遅くなると言っていたのはなんだったのか、という目で見たのがわかったのだろう。オーウェンは扉を閉めると、ばつの悪そうな顔をしてため息をついた。

「聖女部隊の連中に……妻となる女性を、婚約初日に一人で寝かせるなと言われてな」

 どうしてもっと早く準備をして寝てしまわなかったのだろう。やる気に満ちていたケリーの顔を思い出し首を横に振った。おそらくケリーは、オーウェンの侍従に確認して、この部屋にオーウェンが早く来られるように手を回したに違いない。

「そ、そっか……あは、は」

 ぎこちなく、ぎぎぎと音が鳴りそうな動きでオーウェンに顔を向けると、彼はため息交じりにこちらに近づき、ため息をついた。やむを得ない、という彼の顔を見ていると、気持ちが冷静になる。

(そうだよね……べつに、私と一緒に寝たいわけじゃないんだから。オーウェンは、仕方なくここにいるだけ。周囲にバレたらまずいんだし)

 聖も同じように振る舞わねばならない。オーウェンに対してふたたび芽生え始めた恋心など邪魔でしかない。本当に子作りをするわけではないのだ。ただ、添い寝をするだけ。

「来ないの?」

 聖が聞くと、オーウェンは目を逸らし頭を掻いた。

「いや……まぁ仕方ないか」

 仕方ない、その言葉に胸がざわめく。そうか、彼にとっては仕方がないのだと理解すると、さらに気持ちが冷えていく。

 オーウェンがベッドに入ってくる。

 だが、二人の間には大人が二人寝られるほどの距離が開いている。

「明かりを消すぞ」

「うん」

 室内が真っ暗になり、シンと静まりかえる。

 オーウェンの方を向くこともできずに背中を向けると、彼もまたこちらに背中を向けて横になった。

「おやすみ」

 聖が顔だけを背後に向けて言うと、反対側を向いていたオーウェンはこちらを見ずに「おやすみ」と返した。

 それを寂しく感じるのはおかしいだろうか。

 聖はシーツをぎゅっと掴み、目を瞑った。今日は眠れなそうだ。


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