第32話
部屋の片付けをしていたのか、ケリーが手を止めて頭を下げた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま、ケリー。……へぇ、落ち着く感じだね」
金の装飾がところかしこに使われており、煌びやかな内装なのも同じだが、ごちゃごちゃと派手な色合いのものはなく、全体的に落ち着いた家具で統一されていた。
「セイはこういう部屋が好きかと思って。気に入らなかったら、好きなように変えていい」
前に用意してくれた部屋は、装飾や家具が非常に派手で、目が痛いくらいだった。白一色のローブばかりを身につけていたため、華美な装飾は苦手だと気づいてくれたのだろう。
「あ、ううん。前の部屋よりこっちの方が好き」
「そうか……よかった」
「隣は寝室?」
「そうだ」
続き部屋の扉に目を向けて聞くと、オーウェンが聖の背中に手を当ててエスコートする。
寝室には、天蓋から厚手のカーテンのような布で覆われた大きなベッドが中央に鎮座していた。これほど大きなベッドを一人で使うのか、と頭を捻っていると、今入ってきたドアとは反対側にさらにドアがあることに気づく。
「あっちは?」
「俺の部屋に繋がってる。中に入って」
オーウェンが寝室のドアを閉めると、室内はしんと静まりかえった。室内に待機していたカミラはこちらには入ってこなかった。
「座って」
オーウェンは聖の背中を軽く押し、ベッドの近くに置かれたカウチに座らせると、自分も隣に腰かけた。
「ねぇ、さっきの、オーウェンの部屋って……」
「ここは、俺の寝室でもある。意味はわかるか?」
気まずそうに言われて、その意味に気づいた瞬間、聖の頬が真っ赤に染まった。つまり、婚約者になったのだから共寝をする……ということなのだろう。
(だから、こんなにベッドが大きいんだ)
この国はどうやら婚約さえ整ってしまえば、王族であっても婚前交渉を当然としている。おそらくだが、王太子の妃となる聖女を使い捨てているため、聖女は短命だと民の間に伝わっているのだろう。
国王や貴族からの、一刻も早く子を成せというプレッシャーを感じる。
若いうちに何人も子を産ませ、使えなくなったら聖を殺し、新しい聖女を呼べばいいのだ。そして新しく呼ばれた聖女が、次の王太子の妻となる。
「意味は、わかるけど……」
二人でここで夜を過ごさなければ、周囲におかしいと思われてしまう、とオーウェンは言っているのだ。
(わかってるけど……同じ部屋で朝まで過ごすなんて)
頬にかっと熱が籠もり、聖は左手の中指に嵌めた指輪に視線を落とした。
「母上が俺を身籠もったのは、婚姻後すぐだ。一、二年子ができなかったとしても、怪しまれはしないだろう。周囲を欺くために仲睦まじいふりをしなければならないが、妻としての義務など求めないから、安心して眠ってほしい」
妻としての義務は求めない──婚約者のふりをするだけ。最初からわかっていた。それなのにどうして、彼の言葉に落胆しているのだろう。
一度は恋愛感情を抱いた相手だ。利用され、彼に抱いていた好意は憎しみに変わったが、守られていたと知り、感謝してもいた。
(私は……オーウェンのこと、どう思ってるんだろう)
もとの世界に帰れなくとも、陽一への気持ちがそう簡単になくなるわけではない。けれど、オーウェンへの想いだって、ゼロになったわけではないのだ。
恨みたいのに恨みきれなかった。その時点で、答えは出ていたのかもしれない。
聖はもう一度指輪に視線を落として、口を開いた。
「わかった。五人寝ても大丈夫なくらいベッド、大きいもんね」
聖が言うと、オーウェンは驚いた顔をする。
おそらくオーウェンは、このカウチで眠るつもりだったのだろう。王太子で自分の護衛でもある彼にそんな不健康なことはさせられない。協力をすると言った以上、彼にだけ負担をかけるつもりはなかった。
「セイがいいなら」
オーウェンはなんでもないことのように言った。毎日女性と一緒に眠るのは、オーウェンにとっては大したことではないのかもしれない。そう考えると苛立つ気持ちがあって、呆気なくオーウェンに傾く自分の気持ちに苦笑が漏れそうだ。
「セイ? どうした?」
「……なんでもない」
以前のオーウェンだったら「早く俺と寝たいのか」くらいの軽口を叩きそうなものだが、彼は「わかった」とだけ言って席を立った。
「どこかに行くの?」
「仕事がまだ残ってるから、執務室に戻る。次の派遣先が決まる前にやっておかないとならない書類仕事が大量にあるんでな。遅くなるから、先に寝ていてくれ」
彼は聖の頭に手を伸ばしかけて、その手を止めた。誰にも見られていないところでそうする理由はもうないのだと、気づいたのかもしれない。
「うん、そうする」
オーウェンを送るべく二人で寝室を出た。
ずいぶんと長く寝室にいたからか、ケリーやカミラの機嫌がすごくいい。
どんな想像をされているのかと思うと恥ずかしくなるが、うまく騙せていると考えれば上々だろう。
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