第24話

 ***


 自室に戻ったオーウェンは、左手の薬指に嵌められた指輪を見つめ、罪悪感に押しつぶされそうな気持ちで息を吐いた。

 セイにかけた言葉はうそではない。うそではないが、真実でもなかった。その事実がオーウェンを罪悪感で苦しませている。

 だらしなくベッドに寝転がり、セイと過ごした二ヶ月を思い出す。

 彼女をこちらの世界に呼んだとき、哀れだと感じた。これからのセイの未来は、召喚された時点で最期まで決まっていたからだ。

 瘴気を祓えるのは聖女だけ。故に、聖女は王族よりも高い地位を持つ。しかし、それは表面上だけのこと。

 自分たち王族は、民のためという大義名分で幾度罪を重ねればいいのだろう。自分の国が助かるならば、どこから来たかもわからない聖女などどうなってもいいと言うのか。

 この国の貴族は、口では聖女を崇めながらも、胸の内で侮蔑している。自国のために利用し尽くし壊れたら新しい者を呼べばいいと考えているのだ。

 国を救うために聖女という存在は必要不可欠だが、替えが利く。

 異世界から来た聖女は、騙されやすい者が多く、不幸な民に同情的だ。そして平和主義者であることが共通している。貴族にとっては扱いやすいことこの上ない。

 貴族たちは皆、その感情を表には出さないよう気をつけているはずだが、セイにバレたときには冷や汗をかいた。夜会などには出さずセイの周囲を平民から成る護衛に守らされているが、なにがきっかけでセイに真実が伝わってしまうかはわからない。

 ほかの貴族たちとは目的が違うが、オーウェンもまたセイを利用しようとしているのは同じで、それをセイに感づかれなかったのは幸いだった。

(上手く……いってはいるんだがな)

 セイの気持ちが自分に傾いているのが手に取るようにわかった。オーウェンは彼女に信用してもらわなければならなかった。それには、こちらの世界に来て不安に襲われているであろうセイの一番近くにいて助けてやるのが一番だと思った。

 セイには好きな男がいた。家族がいた。帰りたいと泣いていた。

 オーウェンの役割の一つは、時間をかけてそんな彼女の気持ちをこちらに向け、その願いを諦めさせることだ。

 もう二度とセイは元の世界に帰れない。そのため、自分に恋愛感情を向けさせて、セイに帰りたくないと思わせるしかなかった。

(騙しているのに……こんな男を、セイは好きだと言ってくれる)

 聖女を呼びだす儀式は、魔法で聖女となり得る魂だけを呼び出し、仮死状態で保存した体に入れるものだ。用意した肉体は見目のいい奴隷である。

 世界を跨ぐ過程で元の肉体はそれに耐えきれず存在ごと消滅してしまう。彼女が生きた証しも記憶も、元の世界からは消え失せる。親も恋人も友人も、誰もセイを覚えていない。

 理論上、元の世界に帰すことはできる。しかし、元のセイの肉体がない以上は、セイを帰すにしても魂だけとなってしまうし、たまたま仮死状態の都合のいい肉体があったとしても、帰ったところで誰も彼女を覚えていない。

 それをセイが知れば、自分たちを恨み聖女としてこの国に力を貸してはくれないだろう。だからこそオーウェンは、自分の目的のために都合の悪い部分は隠せるだけ隠しセイを利用するしかなかった。

(最低だな……っ!)

 不安に苛まれるセイに優しい言葉をかけ、自分を男として意識させる。オーウェンのそばにいたいと思わせ、この国の民となるべく王妃という地位を授ける予定だ。当然その相手はすでに王太子の地位にあるオーウェンだ。

 セイには知らされていないが、現在彼女は王太子の婚約者という立場にある。セイが頷いてさえくれれば、婚姻に向けて国王である父が動く予定だ。

 母も祖母も曾祖母もべつの世界から呼び寄せられた聖女だった。次代の王族を産む役目を終えて、皆、夭逝している。

(利用するだけして、いらなくなったら……なんてふざけてる)

 セイは異世界から呼ぶ最後の聖女だと覚悟を決めて、オーウェンは計画を遂行している。

 誰に理解されなくても構わない。オーウェンはただ、この国のために召喚された聖女を母のような目に遭わせたくなかった。

 セイを元の世界に帰せはしないし、彼女が王妃となるのは決定事項である。それを彼女は望まないだろうが、望んでもらわなければそこでなにもかもが終わってしまうのだ。

(俺に……彼女を守れるか……いや、守るしかないんだ)

 オーウェンはベッドの上で目を瞑り、指輪の宝石を唇に押し当てる。

 硬く冷たい感触が唇に触れた。

 なにも知らず協力してくれているセイとの逢瀬は、驚くほどオーウェンに安らぎと癒やしをもたらした。王族である自分に軽口を叩くような者はいないし、彼女の態度が新鮮だったことも理由にあるだろうが、もともと明るい性格なのがわかる口調で打てば返ってくる会話が思いのほか楽しかったのだ。

 セイの唇を思い出し、口元が緩んだ。恋人がいたのなら初めてでもないはずなのに、オーウェンがキスをしたとき、ずいぶんと初心な反応が返ってきた。

 こちらの世界に召喚されたばかりの頃、セイは夜になると一人で声を押し殺し泣いていた。朝、部屋に行くと赤く腫れた目をしていたため、侍女に確認を取ったのだ。寝ている間はずっとうなされているらしい。

 魔力を使い果たした後、オーウェンの腕の中でぐったりしているセイは、いつも恋人の名前を呼びながら泣いていた。

 可哀想で申し訳なくて、見ていられなかった。目的のためではあったが、彼女をどうにか助けたいと思う気持ちもうそではなかった。

 最初はただの同情と己の役目のために一緒にいただけのはずなのに、いつの間にか、恋人を想う気持ちを自分に向けてはくれないかと思うようになっていた。

 セイの気持ちをこちらに向ける予定だったのに、自分の方がたいそう彼女にはまり込んでいる。セイが青色の魔石を選んでくれたときは嬉しかった。だが、エメラルドの宝石を手にしたオーウェンにセイは切なそうな視線を向けた。

 オーウェンは当然知っていた。元のセイが今とは違う外見をしていると。そもそも今のセイの肉体を用意したのは王族なのだから当然だ。

(黒髪黒目……か、どういう女性だったんだろうな)

 日に焼けた肌をしていて、髪は今よりもずっと短かったらしい。想像の中のセイもまた、潤んだような瞳でオーウェンを見上げていた。

 オーウェンは漆黒に輝く宝石にふたたびキスをし、己の役目を今一度思い出す。

 絶対に、セイを救ってみせると。



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