第20話
扉を開けた先には、オーウェンとエンベルトが立っていた。二人とも聖のドレス姿を見て、目を瞠る。先に我に返ったのはエンベルトで、オーウェンに譲るように一歩後ろへと下がった。前に立ったオーウェンがおもむろに聖の手を掴む。
「綺麗だな。それに、可愛い」
頬が赤くなるのを抑えられない。陽一を含めてだが、元の世界にはこれほどたやすく女性を褒める男性はいなかった。可愛いとか綺麗とか面映ゆくなるような言葉を当然のようにかけられても、聖はどう反応していいかわからない。
聖は素直にありがとうと返せず、握られた手に視線を落とした。
「あの……手」
いつまで経ってもオーウェンは手を離してはくれない。手と手を繋ぐなんて、まるで恋人ではないか。どういうつもりかと隣の彼を仰ぎ見ると、拗ねたような顔を向けられた。
「拒まないでくれると嬉しい。王都で滅多なことは起きないとは思うが、はぐれたら大変だろう?」
「いつもみたいに、腕じゃだめなの?」
自分には陽一という恋人がいる。ほかの男性と手を繋いだり、抱き締められたりするなんて、彼を裏切っていると思われてもおかしくない。
それなのに、胸の内で「陽ちゃんに知られることはないんだから」と考えてしまいそうになる自分がいて、よけいに心苦しくなった。
「人攫いに拐かされる子どももいるぞ」
「子どもじゃないんですけど」
そうか、彼は聖を子どもだと思っているのか。この容姿ではそれも仕方がないかもしれない。そう思っても、なぜか落胆してしまう。
「セイが恋人を愛しているのはわかってる。深い意味はない。エスコートと同じだと思えばいい。俺にも……婚約者がいるしな」
「あ、そうだよね……」
まただ。どうして彼の口から婚約者の話を聞くと、いやな気分になるのだろう。頼れる人がオーウェンしかいないからといって、彼に絆されすぎではないか。
大きな手のひらに包まれ、さらに指を絡ませられる。
自分たちのやり取りを見ていたエンベルトもケリーもなにも言わなかった。
彼は心配して手を繋いでくれているだけだし、婚約者がいても目くじらを立てるほどのことではないのかもしれない。
城の前に停まっている馬車に乗り込むと、オーウェンの手が離された。なぜかそれを寂しく思う自分がいて戸惑う。
馬車は王都以外の領地に行った際に乗るものと見た目は同じだが、内装がそれよりも豪華だった。お忍びということで、王族が普段使用する馬車のランクとは違うらしいが、それでも座席は腰に負担がないようにほどよい硬さで作られており、まったく揺れがない。
中で話をしても外には漏れないように防音の魔法もかけられているらしい。揺れがないのもなんらかの魔法がかけられているためだろう。非常に楽な乗り心地だ。
「恋人とはどんなデートをしたんだ?」
窓から王都の街並みを眺めていると、オーウェンにふいに聞かれる。
「どんなって、普通だよ。お店を回って買い食いしたり、ゲームで遊んだり。あとは学生らしく勉強かな」
たまに互いの部屋でいちゃいちゃもしていたけれど。魔力がなくなる度に、オーウェンに抱き締められていることを思い出し、ふたたび罪悪感に苛まれた。
もちろんオーウェンと身体の関係はないが、手を繋ぐのも、こうして二人で出かけるのも自分の中ではアウトだ。
この世界に来てから何度も陽一を裏切っているような気分になる。
「ゲーム?」
「あぁ、うん。いろいろあるけど、ぬいぐるみを掴んで落としたり、シューティング……的を攻撃して点を取ったりするんだよ」
「なんのために?」
「ただの娯楽」
「あぁ、そういうことか」
オーウェンは納得したように頷いた。
彼の母親は異世界人だったはず。母親から異世界の話を聞かなかったのだろうか。気になるものの、どこまで踏み込んでいいかわからず躊躇する。
「そういえば母も、テレビとかいう娯楽が好きだったと聞いたことがある」
躊躇っている間に、オーウェンから元聖女である母親の話題が出た。聖はチャンスとばかりに王妃様について尋ねる。
「オーウェンのお母さん……王妃様が前の聖女だったって聞いたよ」
「あぁ、悪い、言ってなかったか?」
「オーウェンからは聞いてない」
やはり、オーウェンにとってもわざわざ口にする必要もないくらい当然の常識だったようだ。聖女の話をしたオーウェンが怖い顔をしていたから、なにかあるのかと思ったが気にしすぎだったかもしれない。
(王妃様か……)
異世界から来てこの国で亡くなった王妃は、どういう思いでいたのだろう。元の世界に帰りたくなかったのだろうか。国王と結婚できるならばこちらの方が幸せと思ったのか。
(三人も子どもを産んでるんだし……こっちの世界の方が良かったのかもしれないけど、まったく未練がないとは思えない)
王妃が残した日記などはないのだろうか。オーウェンから借りた聖女に関連する本はすべて他者の視点で書かれたものだ。そこに王妃の感情やほかの聖女がなにを思っていたかは書かれていない。
聞いてみようか、そう思い隣に座る彼を見ると、なにかを思い出すように遠い目をしたオーウェンが外に目を向けていた。
「オーウェン」
「ん?」
聖に視線を向けたオーウェンの表情が寂しさと切なさに覆われていて、聞くのを躊躇してしまう。もしかしたら亡くなった王妃を思い出しているかもしれない。
もし日記があったとしても彼にとってそれは母親の遺品だ。他人に触れさせたくない可能性だってある。
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