第29話 成果を出す時

(遠野視点)

課題トレーニングの成果を出す時が来た。今日はミニ部内戦の日だ。今日は1面しかコートを使えない日だ。そういう日なのに、今日の天気は曇り。遠くから雨雲が見える。今日、俺は第4試合に組み込まれているけど、雨が降らないかが心配になっていた。


そうした不安の中、第1試合が始まった。第1試合は、喜納と宮城の試合、この試合は、トレーニング前の部内戦にも一度対戦してる。その時は喜納が勝ったけど、今度はどうなるか、実力差はあまりない両者だった為、予想は難しかった。


(宮城視点)


僕は喜納との試合に臨もうとしていた。


「先生とのトレーニングどうだった?」


「うん。凄く為になった練習だった。結構スタイル変わったかも」


「そうなのか。それは楽しみだ」


「そっちはサーブを強化したんだっけ」


「うん。今日はそれを見せつけてやる」


「受けてたつよ」


最初のサーブは僕。僕はサーブをセンターに打ち、そして帰ってきたボールをスピンで返す。


(!)


喜納は意表を突かれたようだ。そしてこれをフラットで返す。


(チッ)


やはり効果的だ。フラットとスピンの使い分けが出来るようになって相手のリズムを崩せるし、自分の元から得意とするフラットショットがより活きてくる。体勢が崩れ、オープンスペースが出来た所を俺はスピンショットを打ち、安全に決めた。


(よし)


「1-0 宮城」


(喜納視点)


スピンショットの練習をしているとは聞いていた。でも、この短期間でこれほどのショットが打てるようになるなんて。しかし、俺だって進化しているんだ。今、それを出す。次の俺のサーブ、俺はセンターにFSサーブを放った。これがコートに突き刺さった。ノータッチサービスエースだ。


「1-1」


その勢いに乗って俺は次のサーブもセンターに打ち、またもサービスエースを取った。サーブは好調だった。


(遠野視点)


その後、この試合は両者がサービスポイントをキープする流れが続いた。喜納があらゆる方向に打てるようになったFSサーブを軸にポイントを奪えば、宮城もスピンとフラットを織り交ぜて、最後は得意のフラットショットで決めるという新しい戦術でポイントを獲得していった。


試合は9-8で宮城にマッチポイントがやってきた。


(このポイントは取らせない)


喜納はFSサーブをセンターへ打ち込んだ。センターへのFSサーブはフェンスに吸い寄せられるように伸びていく。これを宮城は触るのがやっとで辛うじて返した状態だった。チャンスボールになったボールを喜納がスマッシュ。宮城はロブで返すだけで防戦一方。これまでの喜納のサービスポイントでの展開と似ていた。


(このままじゃ、勝てない…)


宮城はこの防戦一方の展開を覆す為に無理な体勢からカウンターショットにいく構えを見せた。しかしそれぞれのポジションを見ると、喜納がネット前、宮城はフォアサイドのコートの端、しかもベースラインからかなり離れている。喜納がストレートをケアしてるから選択肢はもうクロスしかないが、クロスへのショットもかなり角度が必要でフラットショットを打てばアウトの可能性が高い。ロブかスピンのアングルショットしか選択肢はなかった。しかし宮城の構えはロブの構えではなかった。スピンのアングルショットが来る、そう思った。


「ボゴーン」


「!」


「ゲームセットアンドマッチ ウォンバイ

宮城 10-8」


最後のポイント、宮城はこれまで見せたことのないショットで決めた。今の弾道は間違いなくフラットドライブ、宮城はこのショットも打てるようになっていたのか。宮城は新しい武器を身につけ、喜納へ借りを返す形となった。


「負けた。凄かったよ。最後のショット」


「うん。ありがとう。でも、最後のショットはまだ未完成なんだ。だから決まったのは運が良かった」


「まじか。…でも、完成したらとんでもないことになりそうだな」


「うん。絶対完成させてみせる」


そしてすぐに第2試合が始まった。次の試合は国吉対赤嶺。今年からテニスを始めた者同士の対決。試合が始まると、2人とも今月からテニスをやり始めたとは思えないほどの打ち合いを見せていた。赤嶺のドロップショット、国吉のアクロバティックプレイ、2人は技術の高いプレイを簡単にやってのける。やはりあの2人はセンスのある、いわゆる天才なのかもしれない。


スコアは5-5。互角の展開だ。そんな時、喜納が俺に問いかけた。


「なあ、遠野この試合どっちが勝つと思う?」


「そうだな、国吉は筋力トレーニングでアクロバティックプレイに耐えられる体ができつつあるし、このままだと長期戦になるかもしれないから、そうなると国吉に分があるかもしれない。ただ赤嶺もサーブのフォームが改善されている。サーブでポイントが取れるようになると分からないな」


「さすが、遠野。赤嶺はサーブを改善して、パワーが上がった。まだ進化した部分を見せてないんだよな」


「そうなのか、まだ今は出してないってこと?」


「多分、これからなんじゃないか、赤嶺の進化したサーブが見れるのは」


喜納の言っていることが本当なら早く見てみたいものだ。赤嶺の進化したサーブを。


(そろそろ出すか)


「ボン」


「!」


赤嶺のサーブが綺麗に決まった。しかも、赤嶺が今まで打ったことのないような速さで。このサーブに国吉は一歩も動けなかった。


「これが進化した赤嶺のサーブ…」


「赤嶺は俺のサーブを見ただけで、サーブ強化のコツを掴んだらしい。本当に凄いよ。あいつは」


「本当に天才なんだな、赤嶺は」


この赤嶺のサーブで流れは赤嶺側に変わった。そこから赤嶺は3連続ポイント。9-5で赤嶺のマッチポイントになった。


「国吉もこのままでは終わらないだろうな」


「かもな。国吉は何かしでかすからな」


俺は一緒に課題トレーニングを行なったからこそ分かる。彼の粘り強さを、だからこのまま流れに乗せられて負けるとは思えなかった。


サーブは赤嶺。進化したサーブが国吉を襲う。国吉はボディに来たサーブをなんとか返す。赤嶺はそれを強打してまたも、国吉のボディへ。国吉は何とそれをしゃがみ込みながらリターン。パワーを押さえ込んで打ち返す為に無意識にやったのだろう。跳ね返ったボールを赤嶺は得意のドロップショット。


(よし)


国吉は赤嶺のドロップショットを読んでいた。そして次に国吉が打ったショットは…


「ポトン」


(何…)


国吉が打ったショットはドロップショット。ドロップショットに対してドロップショットで決める。正に赤嶺のお株を奪うようなポイントだった。


「決まった…」


「やってくれるな、国吉」


(俺に対してドロップで…、面白い、ならば見せよう。俺の本当のドロップショットを)


赤嶺は意気消沈するどころか、逆に燃え上がっていた。


7-9で迎えた国吉のサーブ。ファーストサーブはフォルト。続くセカンドサーブはスピンサーブを国吉は打った。


(いくぞ)


しかし、赤嶺は高く跳ね上がるサーブに対して下がらず、逆に上がっていった。これはライジング狙いか。そう思っていた。


なんと赤嶺の打ったショットはドロップショットだった。サーブのリターンでドロップショットというのはあまり見たことがない。意表を突いたショットだった。


だが、国吉は反応していた。なんと赤嶺のこのリターンを読んでいた。これなら追いつける。しかし、ワンバウンドしたボールには回転が強くかかっており、ボールが外へと逃げていく。


(何ぃ?)


国吉は流石にこのバウンドは予測できず、フレームに当てるのが精一杯。返球はネットに当たり、試合が終わった。


「ゲームセットアンドマッチ ウォンバイ

赤嶺 10-7」


赤嶺は国吉のような予測できないプレイをして最後のポイントを奪った。お株を奪われた借りはお株を奪って借りを返し、更に新しいドロップショットも見せて勝つ。豪快な勝利だった。


「か〜負けた。にしてもあんなに回転がかかっていたとはな。予想外だった」


「出来るかどうかは分からなかったけど、上手くできた。でも、国吉も凄いや。俺のドロップにドロップで返そうなんて」


「まあ、あのままの流れで負けたくなかったからな。何かしようと思ってたら体が反応してた。今日は負けたけど、この借りは100倍にして返すぜ」


「ならこっちは1000倍にして返す」


「なら今度は10000倍にして…」


「ほら、そんなことで争うな。第3試合始めるから続きはコートの外でやってこい」


「はい…すみませんでした」


天才2人の試合はインパクトを残す形で幕を閉じた。





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