歌姫の予感
「おなか、いっぱい! ここんとこなんにも食べてなかったから幸せ〜」
「なんにも?」
あの建造物が現れてから数日が経つ。
その間、なにも口にしてなかったのか?
「お礼に歌うね!」
さっきまで男とみて威嚇していたはずの少女は、尻としっぽをふりふりして休憩所の屋根に跳びあがる。
「まじか」
休憩所の屋根は4、5メートルはあるだろう。とても人間業ではない。
少女は胸に手をあて一呼吸、軽やかな歌声が苑内に響き渡る。
ずっと切ない ♪
ず〜っと哀いたい ♪
会えないあなたをうずく身体が求めてる ♪
満たされないわたしの想い ♪
心の隙間を埋めてくれるのはどこの誰 ♪
たった一つの出会いがわたしを変える ♪
満たされるあたしの想い ♪
あなたが届けてくれたのは心からの愛 ♪
やっと会えた ♪
もう離れたくない ♪
少しでいいの ♪
たった一つのあたしの幸せ ♪
即興? 悲しい歌声が幸せに満ちた歌声へと変化していく。
心に響く恋の歌だ……。
一郎は数少ない学生時代の甘酸っぱい経験を思い出していた。
歌唱力、声量、声質、情感……これはとんでもない逸材だ。
「あ、あの……」
話かけようとした一郎を遮って少女の歌が続く。
でもね ♪ 豚肉 ♪ 鶏肉 ♪ 牛肉 ♪ さかにゃ ♪
出会いは一つと言わずに山盛り ♪ どか盛り ♪ ドンとこいにゃ〜!
「恋の歌じゃなかったの!?」
「鯉? お魚じゃないよ? さっきももらった串焼きの歌!
ず〜っと、おなかが空いていて、もう切なくて切なくて、美味しいものを食べて歌いたくなったんだ!」
どどんと小さな胸を張る少女。
「歌ったら喉が乾いたにゃ」
一郎と猫たちの前に降り立つ少女。
「よかったら、これ」
ペットボトルのふたを開けて差し出す。
「なにこの黒いの?」
「コーラ、知らないの? 飲み物だよ」
手に取った少女がゴクゴクと一気に飲み干してしまう。
「げっふ〜……シュワシュワしてあま〜い! こんなの初めてだよ!」
「初めてのコーラを一気飲み……」
豪胆と言わざるをえない。
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