第4話 どうやら俺は過労死したらしい
配信の切り忘れに気付いて数十分。
森山さんは編集部に呼ばれたとかでボイスチャットが途切れ、マネージャーさんもまた事後処理に追われているらしい。
――そして俺は今、妹と向き合っている。
「お、お兄ちゃん……これ、本当なの?」
「あ、ああ……」
妹が教えてくれた。
配信切り忘れによって漏洩してしまった情報。
それは、俺が一条蓮であり、二条ロンであり、三条ルンであり、四条凛であり、五条蘭であるという事実だ。
俺は潔くその事実を認めるが、それよりもすべきことがあった。
……妹への謝罪だ。
「ごめん……翠の名前も、ネットに――」
「そんなこと問題ないよっ! それより……なんで、言ってくれなかったの?」
妹の言葉に、胸が痛くなる。
これまで妹に気味悪く思われると思って、隠し続けてきたけど……妹からすれば、ずっと騙されていたと思われても仕方ないはずだ。
俺は……自己保身に走ったんだ。
そんなのお兄ちゃん失格じゃないか。
「ごめん。恥ずかしかったのもあるけど――翠の推しが俺だって知られたら、幻滅されるかもしれないって思って――」
俺は床に膝を着いて、本心を口に出した。
これ以上嘘は吐けない。
しっかりと謝って、これまで隠していたことを許してもらうしかないだろう。
しかし、妹の口から出た言葉は、俺の予想外とするものだった。
「ううん、嬉しいんだよ。私の推しがお兄ちゃんだって知って、最初はちょっと慌てちゃったけど……私はと~~~っても嬉しいんだよ!!」
そうして、俺の手を取ってくれる我が妹。
やはり天使だ。
「幻滅どころか、みんなに自慢したいお兄ちゃんなんだからっ、ね? 元気だして!」
「み、翠ぃ――……」
妹の手を取って、立ち上がる。
胸が熱くなった。
「ほら、お兄ちゃん……これからどうするのか、決めないとでしょ!」
「あ、ああ。まずは謝罪から――」
森山さんやマネージャーさんには迷惑かけたし、事務所の方にも騒ぎになっていることを謝らないといけないだろう。
そう頭を悩ませる俺だが、妹は声を張り上げた。
「そういうのじゃなくて! これからどういうスタンスで活動していくのかだよ、あるでしょ?」
スタンス……そうだな。
色々とバレてしまった訳だし、これからは活動を自粛した方がいいのだろうか。
いやでも――妹がここまで励ましてくれるのだ。
細々と続けるなんて、妹の推しとして情けない。
「できるだけ! できるだけ今まで通りに活動するよう、頑張る! だから、翠も安心して――」
「いや今まで通りは無理なんじゃ……ないかな」
「へ……?」
妹は苦笑いで否定した。
マジか……やはり責任を取って、活動休止期間とか作るべきなのか!?
それは……苦渋の決断だ。
「世間的には、俺の名義が複数あるってバレただけだし……活動自体を変える気は――」
妹から楽しみを奪うつもりはない。
俺は妹のためなら、なんだってやるつもりだ。
なんだったら、これから六条から十条を作って、さらに活動範囲を続けてやる。
そう覚悟を決めた顔を見せたつもりだったが、妹はきょとんとした顔になった。
「ちょ、ちょっとストップ! お兄ちゃん……なんか、すごい勘違いしてる気がする」
「んんっ?」
「――もしかしてお兄ちゃん、自分がどれだけすごいことしてるのか、気付いてないの!?」
「す、すごい……? そうだな、俺はやらかした。ほんとうに反省している」
俺が、すごい不味いことをしでかしたという意味だろうか。
そうかもしれない。
「ちっがーう! もぅ馬鹿お兄ちゃん! 馬鹿おにぃ!」
「なっ……ななな――……」
今、俺は何を言われた?
――馬鹿お兄ちゃん……?
俺は……妹に馬鹿と言われてしまったのか?
今まで反抗期なんて一切なかった妹が。
今までそんなはしたない言葉一つ吐いたことのない妹が。
そんな……馬鹿な。
俺はもう終わりなのかもしれない。
不甲斐ない兄ですまない……先に逝く。
「お、お兄ちゃん!? なんか生気抜けてない!? そうだ……配信中ずっと疲れていたよね。と、とりあえずお水っ! ……お水飲んで!」
妹が何か言っている。
意識が朦朧としていて……チカチカとしてきた。
どうやら神からのお迎えがきたようだ。
そんな時のこと。
気付けば口の中に水分が流されてくる。
如実に視界がはっきりとしてきて、妹が俺の口に水を飲ませてくれていることに気付く。
ピッカーンッ!
目が覚めるように、俺の思考はクリアとなった。
「あ、お兄ちゃん戻ってきた?」
「あぁ、俺は一体何を――」
「お兄ちゃん、疲れているんだよ」
そうだな、俺は過労死したんだ。
妹がお水を飲ませてくれるなんて、こんな最高のシチュエーション……現実なわけない。
そうか……ここが天国だったのか。
「もぅ、お兄ちゃんったら……お兄ちゃんはずごいのに、私がいないとダメなところあるよね」
「そんなの当たり前じゃないか」
「当たり前では……ないと思うんだよ……」
何を言うのか。
兄という存在は、妹のために生きているのだ。
その証拠に、翠が義妹になるまで、俺は空っぽだった。
空っぽだったから、子役とかもやめて……冴えない人生を送ってしまったのだ。
翠と出会ってから、俺の人生は彩られたと言っても過言ではない。
「それより、ちゃんとお兄ちゃんは自分がすごい人間だって自覚を持とっ?」
「すごいことって……もちろん俺にファンがいることは知っているけど、どんな名義でも森山さんやマネージャーさんの力が大きいから」
あとはそう……俺が頑張れるのは、全部この妹の力が大きい。
言わばシスターブーストが、俺の身体には常に働いている。
俺がすごいと言うのなら、それは妹がすごいと言うのと同義なのだ。
「それだけじゃないんだよ。しょうがないなぁ……もぅ――よしっ、わかった!」
妹は立ち上がり、小走りに自室へと戻っていく。
急に消えた寂しさに身を冷やすも、彼女はすぐに戻ってきた。
……ノートパソコンを手に持ちながら。
「私がお兄ちゃんに教えてあげる。お兄ちゃんは……私がの自慢のお兄ちゃんなんだって、ね!」
そう言った妹はパソコンを開いて、見せてくる。
スクリーンに映されていたのは、『ワールドチャット』と呼ばれる、大規模なネット掲示板だった。
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