17:不審

 ――目の前でソフィアの顔が花咲くように破裂した。

 

 危険を察知したアキの意識が加速され、ソフィアの細い指からゆっくりと宝玉が零れ落ちる。

 

 瞬時に顕現させた【無銘】を直感だけで斬り上げると、超高速で駆け抜ける何かに剣先が掠った。

 脱力して絡めていたソフィアの指が離れることに、アキは歯噛みしながら背後へと振り返る。

 

 たん、と軽く地面に着地したそれは体を起こし、こちらを見据えた。

 

「いや~……っぶな。腕落ちたかと思ったんだけど! ってか袖切れてっし!」

「首が落ちてないのが――実に残念だ」

 

 アキは重く静かに言葉を返す。

 そこに立っていたのは、黒髪を短く切り揃え、その一房だけを赤く染めた女子高生だった。

 

 ただし、その恰好は異様の一言に尽きる。

 

 手には小銃、腰には拳銃、さらに背中にはリュックとロケットランチャーらしき筒状のものを背負って、全身に弾倉や手りゅう弾を張り付けていた。

 

 戦争映画でしか見たことがないほどの完全武装――その下に見える学生服だけが、彼女を女子高生と認識させている。

 アキは沸騰しそうな頭を抑え、相手を冷静に観察しながら【無銘】を構えた。

 

「あ~……まぁまぁ、どうどう」

 

 すると、意外にも彼女は小銃から手を離し、両手をひらひらと振って笑いかけてくる。

 その顔だけ見れば人好きしそうな女の子だが、ソフィアの顔面を撃ち抜いたのは確実に目の前の相手だ。

 

「そんなに怒らなくてもいいじゃん。どうせただのマテリアルアバターでしょ?」

「相棒の頭を吹き飛ばされて黙っていると思うか?」

 

 アキは知らない単語に眉を顰めつつ応じると、女子高生は手を横に振って「いやいや」と否定してくる。

 

「だから殺してないって。その程度じゃその腕輪は壊れないから。ちょっとしたらまた出てくるよ。邪魔だったから少し寝てもらっただけ。繋がってるんなら機能が生きてるの、わかるよね」

 

 そう言って自分のうなじを指差す女子高生の言葉に、アキはある程度の共通認識を感じた。

 彼女が指差したのは、ソフィアと接続する感覚を覚える部分だ。

 

 そして、彼女が「機能」と言ったものは、戦闘時にソフィアが網膜投影する認識補助のことだろう。

 確かにアキの感覚ではまだソフィアとの接続は切れておらず、視界の網膜投影も消失していない。

 

 ひとまず会話が出来るということをアキは理解したが、今この瞬間に斬りかからない理由は別だ。

 アキは目の前の女子高生から、先ほど倒した花の魔物を上回る脅威を感じていた。

 

 その脅威が、はにかむような笑う。

 

「ふへへ、松里アキくん。アタシは謎の美少女女子高生Bちゃんです!」

「名乗る気はないことはわかった」

 

 自称が長い。アキはその「謎」「美少女」「女子高生」というワードを不要な要素だと判断して、彼女を単純に【B】と呼称することにした。

 

「おねーさんからひとつアドバイスがありまーす!」

 

 そんなアキの態度に関わらず、【B】は芝居じみた動きで人差し指を立てる。

 

「その腕輪も、君を囲う大人たちも、あんまり信用しちゃ駄目だよ」

「今一番信用ならんお前が言うか」

 

 ソフィアの頭を撃ち抜いておいて、いけしゃあしゃあとそんなことをいう【B】をアキは睨んだ。

 

「ありゃ、聞く耳持たず?」

「聞いてほしければそれを返せ」

 

 アキは【B】が手元で転がす宝玉を指して言う。

 彼女は先ほど、ソフィアの手から零れたものを掠め取っていたのだ。

 

「キミに? それともその子に?」

 

 返ってきた質問の意図がわからず、アキは首を捻る。

 すると【B】は宝玉を軽く握りしめて、声のトーンの低くして言った。

 

「これはキミのだよ。だからキミにしか返してあげない」

「俺のものを俺がどうしようと自由だ」

「ロジハラかぁ? そーいうのうっざいなぁ」

 

 アキの言葉に【B】の目が鋭くなり、彼女は腕を振るう。

 反射的にアキが手をかざすと、弾丸のような速度で宝玉が飛んできた。

 

 いくら軽いとはいえ、生身で受ければ手を貫通しそうだと判断し、手に魔力を込めて防御する。

 割れてしまうかもしれないが、仕方がない。

 

 そうして案の定、手の中で宝玉が砕けた瞬間――。

 

「ぐぅっ⁉」

 

 ――強烈な波動がアキの脳を揺らした。

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