召喚特典はつかなかったですが、自由にはなれたので冒険者になってみたいと思います。

ゆきしろ

第1話 ~プロローグ~

 冷たく重たい水に沈みゆく自分を、同じように冷めて鈍重な思考の自分が見送る。下向きの圧力に逆らい、上に視点を移せば自分をここへと追いやったと思しき下手人たちの影が見えた。彼らの瞳に悔恨の色は見られず、ただ不要物をようやく処分できたという小さな達成感、そしてその対象物への蔑視の念が浮かんでいるだけだった。

 この世界へと辿り着いた時のように、抗えない力が彼女を下流へと押し流していく。元より感覚のない右半身がもう半身をも侵食し……、やがて意識も途絶えた。


 彼女、佐々木璃星(りせ)はここではない世界――地球で生まれた。平凡な親、平凡な家庭。少しの幸福を喜び、少しの不幸を嘆く、そんな日々をおくっていた。その事件が起こるまでは。

 つつがなく高校受験を終え、授業もなく開放感に満ちた休みのとある日、彼女は交通事故に遭った。辛くも命が助かった代償は、右半身の麻痺と言葉の喪失――思考は可能だが上手く言葉を発せないという状態――である。幸いにも、先進的かつ自由な校風で知られていた進学先の高校はそんな彼女をも受け入れる姿勢を見せ、数ヶ月のリハビリを経てようやく登校を果たしたその矢先、クラスメイトとともに異世界――マギスフィアへと召喚された。

 召喚の目的はありがちなもの、戦力の増強であった。魔族の攻勢に劣勢となった人間たちが、反転攻勢の為に打った起死回生の一手。

 界渡りを経験したもの――異世界召喚をされたものはその時に特殊な力が魂に刻まれる、とされており、召喚された高校生たちは皆特殊な力、主に魔法を操る能力が刻まれていた。ただ一人を除いては。力の大小、得意分野に違いはあれ、クラスメイトたちは少なからず召喚特典を得ていたのであるが、彼女――璃星だけは何故か一切の魔法を使用できなかった。不自由な身体でかつ無能力者である事、クラスメイトとの関係も構築されていなかった事から、召喚したもの達――ソルダリア王国の人間たちに疎まれるだけでなく、やがて級友たちからも距離をおかれ腫れ物扱いをされるようになった。

 召喚されたもの達の中でも特に有望なものたちは、対魔族・魔物の即戦力とすべく手厚い訓練が施されていたが、力の弱いもの・戦闘向きでないもの達は、殆ど顧みられる事なく雑用へと回されていた。そんな中でもひと際弱い立場にあった璃星は、彼らの鬱憤の捌け口として、嫌がらせを受けるようになり、そして――今へと至る。

 とある雨の日、数人の居残り組とともにソルダリア王国の兵士に呼びつけられた璃星は雑用先へと移動する途中で橋から突き落とされたのである。恐らく王国側の意向もあったのだろう。兵士たちもその行為を平然と眺めるだけで、慌てる様子もなく璃星の姿が下流へと消えるのを見届けると、居残り組とともに道を引き返していった。

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