冷血悪役令嬢は婚約破棄されたい

星雷はやと

第1話 悪役令嬢です!


 

「やあ、おはよう。ステラ」

「おはようございます。レオンハルト王太子殿下」


 爽やかな朝。馬車を降り学園の門を潜ると、この国の王太子殿下と挨拶を交わす。朝日を受けて輝くゴールドの髪、新緑のようなエメラルドグリーンの瞳が優し気に揺れる。


「何時も言っているけど、僕のことはレオンと呼んでくれないかな?」

「婚約者とはいえ、王太子殿下に対して不敬ですわ」

「ステラは真面目だね」

「王太子殿下の婚約者ですから、当然のことです」


 同じ教室に向かいながら、王太子殿下の提案を却下する。何時もの社交辞令だ。公爵令嬢である私は彼の婚約者であるが、仲良くするつもりは毛頭ない。寧ろ、婚約破棄をされたいと願っているのだ。


「レオン殿下は本当に格好良いわぁ……」

「ええ本当に……」


 私たちを遠巻きに眺めている学生の言葉が、私の癇に障り発言元を鋭く睨む。


「ひっ!!?」

「し、失礼しました!!」


 蜘蛛の子を散らすように、ギャラリーは各教室へと逃げ出した。私の陰での呼び名は『冷血令嬢』である。婚約者に対しても一切微笑まず。シルバーの髪に、コバルトブルーの瞳がより冷血具合を助長させているのだ。その為、少し視線を送るだけで恐れられる。有り難いことである。


「ステラ? 如何したかい?」

「いえ、そろそろ予鈴が鳴るころですわ。急ぎましょう」


 学生達の動きに王太子殿下は首を傾げる。私は彼を教室へと促した。


 〇


「はああああぁぁ!!! レオン様が今日も可愛いかったぁぁぁ!!」


 公爵邸に帰ると私は自室に防音魔法を施し、ベッドの上で叫び声を上げた。私には日本という国で社畜をしていた前世の記憶がある。そう、私は所謂転生者というものだ。更にいえば、この世界は前世で遊んでいた乙女ゲーム『雪解け華』の世界である。


 物語の世界に転生していることに気が付いたのは、赤ん坊の頃だ。私ことステラワース・ハイネ公爵令嬢はこの世界において、悪役令嬢の立場にある。その容姿と地位を利用し自由奔放、贅沢三昧、理不尽な悪行の数々を行う。


 最終的には王太子殿下に悪行三昧を知られ、愛想を尽かされて捨てられるのだ。婚約破棄をされて捨てられるのは良い。寧ろ大歓迎である。悪役令嬢である私が、ヒロインと幸せになる筈の彼を邪魔するわけにはいかないのだ。


 婚約破棄はされたいが、悪事を行うことはしたくない。そう考えた結果、愛想笑いもしない冷血令嬢を演じている。周囲を牽制していれ私は嫌われキャラになっているのだ。目力に感謝である。

 そして春にはヒロインが編入して来る。一年で王太子殿下の心はヒロインに傾き、私はお役御免となるのだ。


「レオン様は格好のではなく、可愛いのよ!? 皆、全く何も分かっていない! 解釈違いですううぅぅ!!!」


 婚約破棄を約束されている私だが、実は前世から王太子殿下の大ファンである。しかし一つだけ、納得出来ないことがある。それはどう見てもレオンハルトは『可愛い』が正解であるのに、大多数が『格好良い』と評価することだ。前世でも友人たちと激しい論争を引き起こした記憶がある。

 昼間の学園でも王太子殿下のことを『格好良い』と口にする学生達を睨んだ。皆、分かっていない。レオンハルトは『可愛い』が正しいのだ。


「はぁぁ……婚約破棄されたい……」


 思いの丈を叫び終えると、ベッドの上で仰向けになる。可愛い化身、愛らしい妖精のような存在と悪役令嬢の私が結婚など出来るわけがない。早く婚約破棄をされたい。結ばれないと分かっているのに、可愛い姿に想いを募らせるのは辛いのだ。


「レオン様をお慕いしている気持ちは誰にも負ける気はないけれど、私では駄目なのよね……」


 寝返りを打つと、右耳のイヤリングが音を立てた。雫型のゴールドに、中央には王太子殿下の瞳と同じエメラルドグリーンの宝石が輝く。これは王太子殿下から、婚約者としての証として私へ贈られた物である。殿下の左耳には同じ形をシルバーで作り、中央にはコバルトブルーの宝石が配したイヤリングが輝く。


「これを身に付けることが出来るのも、残り一年ね……」


 ヒロインが登場すれば、彼と会う機会は極端に減る。寂しい一年間を過ごすことになるのだ。明日は先輩達の卒業パーティーがある。一年後、私はその場で婚約破棄を言い渡されるのだ。きっとこのイヤリングも没収されることだろう。


 殿下の瞳と同じ色のイヤリングをそっと撫でた。


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