真昼の幽霊
青空あかな
第1話
幽霊は陽光に当たり続けると人間になれる。
長年に渡る調査の結果、そのような仮説が立てられた。
最も、まだ確信は得られていないが。
仮説が正しいことを証明するため、私は今日も調査を行う。
調査対象はここ、秘寺団地の住民たちだ。
推定百人ほどの幽霊が棲みついていると思われる。
団地前の公園で待機し、住民が出てくるのを待つ。
彼らは毎朝、それこそ死んだような顔でアパートメントから現れる。
おそらく、生前の辛い生活が未だに染み付いているのだろう。
公園の時計が七時を過ぎたところで男性が出てきた。
疲れ切ったサラリーマン風の幽霊だ。
今日も生前と同じように会社へ行き、陽光を浴び、電車に乗り帰宅するのだろう。
陽の光を浴びるだけならここでもできるだろうに……。
死んだ後も生きていた頃の習慣が残っているのだ。
同情しながら近寄り言葉をかける。
「おはようございます」
「……」
いつものように返事はない。
私は幽霊を見ることができるが、幽霊に私を見ることはできないらしい。
この二十年ほどの調査で、私に気づく幽霊には一度も出会ったことがなかった。
いずれは会話をしたいと思うものの、それは叶わぬ願いだった。
幽霊は人間になるため、日中外に出てくる。
では、夜は?
日が沈んだ後、彼らはどこで何をしている?
わかっていることは、夜になるとまたこの団地に戻ってくるということだけ。
アパートメントに入るところは何度も目撃しているが、中で何をやっているのかはわからない。
幽霊も寝たりするのだろうか。
思案を巡らせていると、太陽が空高く昇っていた。
時計の針は十時頃。
この時間になると、子供連れの幽霊が公園に出てくる。
親幽霊が子供幽霊を遊ばせるのだ。
会社員の幽霊と同じく、彼らにも生前の記憶が残っていると考えられる。
「こんにちは」
「……」
数組に声をかけるも返答はない。
彼らは私など見えぬかのように公園で遊ぶ。
ただ、子供幽霊の中には、稀に私の存在に気づく者がいる。
特に幼少であればあるほど顕著だ。
今も、公園の片隅にいる少女――おそらく、二歳ほどだろうか――が、私をジッと見ている。
彼らとも会話は不可能だが、その視線には何かの意味があるようでならない。
やがて時計は進み、幽霊たちはアパートメントへ戻っていく。
私はこの公園から出ることができない。
よって、幽霊を追っての調査ができないのが非常に残念だ。
太陽は西に傾き日が暮れる。
今朝出て行った幽霊たちが戻ってくる時間がきた。
ちらほらとアパートメントに向かう幽霊の姿が見える。
「こんばんは」
「……」
公園から声をかけるも返事はない。
幽霊たちは私を少しも見ることはなく、まるで存在に気づかぬ素振りでアパートメントへ入る。
朝と同じ死にかけた顔のまま。
たっぷり陽光を浴びた後、彼らは何をしているのだ。
ここからでは部屋の明かりしか見えない。
もどかしい気持ちだ。
まだまだ調査すべき事象は山ほどあった。
不思議なことに、ここの幽霊たちは年を取るのだ。
大人は少しずつ老け、子供は成長する。
これは幽霊の中でも非常に稀有な現象と思われる。
だが、二十年間の調査でそれだけは確かだと結論できた。
さらには、アパートメントから出て行くこともある。
一家総出のときもあるし、子供幽霊だけのときもある。
決まって大型の自動車に荷物を積み込むので、どこか別の場所で暮らすことは容易に想像ついた。
そして、それが人間になった瞬間なのだと、私は仮定している。
早く幽霊たちの謎を解き明かしたい。
そうすればここから出られる。
気がついたときには、幽霊の呪いにより公園から出られない身体にされてしまった。
早く元通りの生活に戻らなければ……妻と娘が私の帰りを待っている。
私は今日もまた、寝ずに幽霊の動向を見張る。
真昼の幽霊 青空あかな @suosuo
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