筋肉――筋肉タイムスリップ

私はニッチな筋肉系AV女優である。


メンタルがヘラって自殺を図った。


「もしタイムスリップできたら、どこで何をする?」


夢の中に出てきた死神の問いである。


私は夢を自覚し今までずっと引きずっていた問題の処理を願った。


「バイトを辞めない」


バックレたバイト。


パン屋さんになりたかった私は、二日間単純作業を強いられてうんざりした。


だから三日目は行かなかった。


でもせめて、連絡くらいはするべきだった。


AV社会でほうれんそうの大切さを知った今の私。


だからこそ、私は店長に謝りたいって、後悔を残してしまった。


兄に頼んで紹介してもらった有名店。バイトですら倍率が高かったお店。


兄にも申し訳ないことをしたと思う。


そんな事を思い浮かべているうちに、夢の世界が切り替わる。


「来ないって言ったのに来たんですね」


昔の、あの時の風景。


これが走馬灯ってやつなのかな。


バックレなかった私。私に謝罪され困惑する店長。


私は笑顔で単純作業を始める。嬉しくて涙が零れそうになるのを我慢しながら。


私の作業はシューにクリームを詰めること。


ただそれだけの単純作業。うんざりするほどシューにクリームを詰めるだけ。


筋肉を使う余地はない。


でもなんでだろう。やっているうちに、コツが見えてくる。


シュークリームの出来栄えの違いが分かってくる。だんだん上達している気がする。


「明日もシューにクリームを詰めます」


「明日は、パンの成型してみる?」


「え?」


店長は仕方がないバイトを見るあきれ顔で「はよう」と言い作業の継続を促す。


筋肉が新たな戦場に喜んだ。


翌日から、私はパン作りを学んだ。


私の知る歴史ではパン屋さんとはAV女優業を誤魔化す単語だ。


でもこの時から、私は本当の意味でパン屋さんをすることとなった。




目が覚めると朝が来ていた。




病室には医師の姿がある。私の手を握るその姿に私は兄を重ね見た。


「看護師という、道もあったか」


胸のつかえがとれた気がして、私は今度こそなりたい自分になると決めた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




死のうと思っていた。


今年の正月。私は入院した。末期がんである。


「もしタイムスリップできたら、どこで何をする?」


夢の中に出てきた死神の問い。


私は夢を自覚し今までずっと引きずっていた問題の処理を願った。


「登山に向かった妹についていく」


夢の世界が切り替わる。


「来ないって言ったのにやっぱ来たー!」


妹と一緒に私は山に登る。


山頂ではしゃぐ妹をぼんやり眺め、やがて下山。


私は自分の筋肉の囁きに従い、妹の荷物を持ってやる。


「自分で持つけど?」


「今こそ見せてやろう。ER(EMERGENCY ROOM)で鍛えた筋肉の性能とやらを」


妹は仕方がない兄貴を見るあきれ顔で「あっそう」と言い山を下りる。


私は妹と共に家へ帰りついた。


私の知る歴史では、この日妹は家に帰ってこない。滑落死するからだ。




目が覚めると朝が来ていた。




病室には看護師の姿がある。私の手を握るその姿に私は妹を重ね見た。


「あぁ、疲れたなぁ」


筋肉の呟きを代弁した私は、今度こそ醒める事のない眠りについた。

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