深夜の散歩で起きた出来事――死せる少女、生ける猫を深夜に散歩さす

アレが帰ってきたのは数日後だ。


大勢の人間に運ばれて帰ってきたアレは、全身を包むような白い服を着ていた。


――これは一体どういうことだ。いったい何が始まるのだ。


吾輩は大勢の人間を遠巻きに眺めていたが、人間達は代わる代わる入れ替わっていくというのに、アレはずっと布団に寝たままであった。


――何故起きぬ? どうして目を開かぬ?


ただならぬ雰囲気にいてもたってもいられなくなった吾輩は、人間達がその場を離れた隙にひょん、と近寄り、アレの上に乗ってやった。


吾輩であるぞ? 帰ってきてやったのだ――吾輩が近づいても、アレは目を開かない。


どうした? くるしゅうない。吾輩に触れるがいい――舐めてやっても知らんぷりだ。


冷たい。舌の根に届くほどの冷たさに我が四肢はかじかんだ。


何度舐めてもアレの頬は温まらない。もう春だというのに、アレはずっと冷たいままである。


そこへ、老いた人間がやってきた。


吾輩は追い払われるだろうとその時身をぎゅっと固くしたが、そうはならなかった。


老いた人間はその場に足をたたんで静かに座った。


そして吾輩を暫し見つめ――追い払うでもなく――やがて涙を流した。


部屋には煙が立ち込めていて、そのモヤが一瞬、吾輩の目にはアレに見えた。


吾輩は見覚えのあるそのモヤと冷たくなったアレを見比べて、ようやく老人の涙した理由に思い当たり、合点がいって飛びのいた。


煙の元を辿ればそこには、四角い透明な箱に入った、白黒の、精巧に書かれたアレの絵があった。


煙を上げる棒の奥にあるその崩れた顔は、優しい声を出したあの時のアレの顔によく似ていた。



 ◆



あれからというもの、吾輩はふと虚空を見つめる日が増えたように思う。


別に何という事ではない。何気ない事だ。吾輩はふと、あの靄の中にあったアレの顔を思い出す。


その時には決まって、あの優しい声が聞こえた気がするのだ。


そうして決まって吾輩はそういう時、吾輩の体を愛おしく撫でまわす細い指の感触を思い出す。


吾輩らがふと虚空を見上げるのはその程度の些事である。吾輩らの仕草に意味などない。それくらいの事なのだ。


深夜の散歩で起きた出来事である。

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