第42話 霊樹ミストルティン
★シアン・イルアス
シャルマと別れ、いくつかのフロアを軽く回った後、デパートの屋上に出た。
「お、あいつこんなところに」
屋上にはいくつかの屋台があり、軽食や甘味が売られていた。その一つの前に、ムクドリが立っていた。
「ビッグクレープサンダーグレープジャムスペシャルで」
「はい、お待ちください」
――長い上にどこで区切るのかわかりづらい商品名だな……。
大きな街だとお洒落な店名や商品名が多いと聞くが、それ以前の問題な気がする。
そんなことを思っていると、巨大クレープを受け取ってホクホク顔のムクドリと目が合った。
「ようムクドリ。昼前なのにそんなでかいの食って大丈夫か?」
「誰が甘党よ!?」
「言ってねえっつの」
くわっと目を剥くムクドリに呆れつつ、せっかくなので自分も小さめのクレープを注文する。
二人で屋上の縁まで移動し、クレープをかじる。クリームと果物の甘みが口に広がり、気分が安らぐ感覚が胸の奥で広がる。
「ん~、美味いなこれ。甘味と酸味のバランスが絶妙だ」
「そうでしょう? ミステフトデパート屋上のクレープ屋さんと言えば、スイーツ雑誌『クリームガーデン』でも取り上げられていた名店なのよ。あなたが食べてるのと同じのを私もさっき食べたけど、生地の食感といい甘さの加減といい、極小に圧縮された天国と言っても過言ではないわよね」
「お前、そのでかいやつ頼む前にも既に食ってたのか……。それで甘党じゃないは無理があり過ぎるだろ」
「なっ、そ、そんなことないわよ! 私以上の甘党だっていっぱいいるんだから!」
「甘党であることは認めちゃってるじゃねえか」
問うに落ちて語るにも落ちている。なんとなく、シャルマがムクドリの頭を撫でたがる気持ちも少しはわかる気がした。幼女成分とやらは意味不明だが。
否定の言葉を並べ立てて騒ぐムクドリに頬を緩め、クレープを食べきる。そして、屋上から見える広大な風景に目を向けた。
「しっかし、高い建物だから眺めもいいな。ミステフトの街が一望できる」
ミステフトデパートは、街の中でもかなり高い方のビルだ。もっと高い建物もあるがそれほど多くないので、ここからなら円形の市壁に囲われた街の全域が見渡せる。
眼下には、舗装された地面を大勢の住民が歩いている様や、何台ものバスが走っている様が見えた。
そして――街のど真ん中に、巨大な樹が一本だけ生えているのが見える。
高さは百メートル以上あり、幹の直径も五メートルを優に超える。青々とした葉っぱに覆われ、根本周辺には観光客らしき人が集まっていた。
「あれが、『霊樹ミストルティン』か」
「キメラ除けの王様って言われてるわね。私も、あんなに大きいのは初めて見たわ」
……ルサウェイ大陸には、特殊な匂いやエネルギーを発することでキメラのみを寄せ付けない植物がある。花や草など様々な種類があり、それらを総称して『キメラ除け』と呼ばれている。多く、町の外周やカバ車の進行ルートに植えられていた。
ただ、キメラ除けの大半は効果にムラがあり、一部のキメラしか拒絶できなかったり、短期間しか十分な効果が得られなかったりする。故に各町に設置されている市壁は賊対策というだけではなく、キメラ除けをすり抜けたキメラを阻む意味もあるのだ。
だが、全てのキメラを数千年にも渡って遠ざけられるキメラ除けも存在する。それが、『霊樹ミストルティン』と呼ばれる大樹だ。
大陸に数本しか生えていない希少種で、それぞれ何千年も昔から生えていることが調査によりわかっている。キメラが嫌うエネルギーを広範囲に発しており、樹の周辺はキメラ以外の生物にとって究極の安全地帯と言える。
「伝承じゃ、二百年前にエンディとセレネが一番最初に作った町は、ミストルティンを囲むようにできたんだっけか」
「この大陸で数少ない、『キメラが絶対に近づかない場所』だものね。その後にエンディとセレネの子供達が作った町も、始めは同じように各地のミストルティンの根元に家を建てて生まれていったらしいわ。大陸有数の歴史ある都市は、大体ミストルティンを中心に作られているわね」
「……ま、この歴史も今やどこまで本当かわかんねえんだが」
声量を落として言う。
数日前にリウを倒した後、ユキアが記憶を取り戻して明らかになったことだ。この大陸はかつて『
今大陸に住む人間の祖であるとされるエンディとセレネは、一体何者なのか。人類の歴史は、どこまでが真実なのか。現状それを知っていると思われるのは、上位の『魅魁の民』だけである。
「キメラって、三千年前の『民』が実験の結果生み出したのよね? じゃあキメラ除けも、同じようにして生まれたのかしら?」
「ん……確かにキメラだけを拒絶するわけだし、それも『民』が関わってる可能性高いよな。動物のキメラだけじゃなくて、大陸各所に生えてる特殊な植物とかも実は全部奴らが生み出したのかもな」
実験好きな『魅魁の民』のことだ。色々な植物を掛け合わせて物騒なキメラ植物を生み出していてもおかしくない。三千年前にはストレイを大量に作り出せるほどの科学力を有していたのだし、キメラ除けもその内の一つなのではないか。
「そういやミストルティンって、今のところ実を付けてる個体が見つかってないらしいんだよな。だからどうやって生まれたのかも未知なんだとか。でも何故かどの樹も同じぐらいの成長度合いだから、はるか昔に神様が同時期に全部植えて回ったって説があるんだと」
「……ミストルティンって、とんでもなく長寿の樹なのよね? もしかして、三千年前の『民』が植えたんじゃ……」
「オレも、それが真相じゃねえかと思うぜ」
ストレイもキメラも、『魅魁の民』に生み出されたものだったのだ。ルサウェイ大陸に昔から存在するものは、実は大体『民』が原因なのかもしれない。
「あの……」
「ん?」
宿敵の大きさにうんざりしかけてきたところで、後ろから誰かに話しかけられた。
振り返ると、見知らぬ少女と青年が立っていた。少女はシアンと同い年ぐらいで、茶色の髪を肩の下まで伸ばしている。男の方はもう少し年上のようだが、短い銀髪の下の目は気だるげで締まりがない。二人とも、旅人らしい装いだ。
少女の視線は、ムクドリの方へ向いていた。
「その服装、もしかして
子供であるムクドリに対して、少女は丁寧な口調で問う。服装というのは、ムクドリが来ている着物のことだろう。日和人が好んで着ることで有名だ。
問われたムクドリは、愛想のない表情で目を細めた。
「あなたは……?」
「あ、すみません、突然話しかけてしまって」
少女は慌てて謝る。ムクドリの子供らしからぬ態度を見て、警戒させてしまったと思ったのだろう。
「私は、トトナっていいます。こっちは、ロットーさんです」
「……おー」
トトナと名乗った少女に紹介され、青年がだるそうに片手を上げる。シアン達も「お、おー……」と小さく返す。
気取られない範囲で警戒心を抱くが、二人ともエクリプスでの見覚えはない。少なくとも、『魅魁の民』ではなさそうだ。
トトナは朗らかに微笑み、自分の胸に手を当てた。
「私、小さい頃は日和に住んでたんですよ。家の都合で、引っ越しちゃったんですけどね。旅先で同郷らしき人を見かけたので、思わず話しかけちゃいました」
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