第41話 デパート観光
★シアン・イルアス
ミステフトデパートに入ってからは、自由行動となった。
シャルマとムクドリは、各々別れてフロアを回り始めた。シアンはなんとなくユキアに同行し、建物内を歩いていた。
「一つの建物にこんだけ色んな店が入ってるってなんか新鮮だな」
周りを見渡しながら呟く。宝飾店や本屋、おもちゃ売り場などがずらりと並んでいた。
「上のフロアには、大型の生活用品なんかの売り場もあるぞ。グスフォ以外の通信機器が売っているところもある」
「ここに来るだけで大体の物が揃っちまうわけだ。便利だな」
買い物の時に街を歩き回らずに済むのだから、とても楽だ。
ただ、便利なだけに人が多く集まっているのが少し怖い。建物中に人の話し声が充満しており、周囲を絶えず他人が通り過ぎていく。もし近くに『
無論、『碧楽繋ぐ小窓』を持ち地上で活動している『民』は数人しかいないし、それがたまたまこの街で鉢合わせる確率などほぼ零だ。シアンはフードで青髪を隠し、ユキアも大きな帽子でウサギ耳を隠しているので、よしんば近くにいたとしてもまず気づかれない。
とは言っても、シアンは今リウから奪った『小窓』を持ち歩いている身だ。『民』に奪い返されないよう、警戒は怠れない。
そんなシアンに、ユキアが耳打ちしてくる。
「あまり警戒しすぎるな。ある程度リラックスしていた方が、いざという時に冷静に動けるぞ」
「ん、そうだな……。今は普通に買い物を楽しむか。てかオレ、そんな分かりやすく緊張してたか?」
「いや、気配や動きからは全く感じられなかったぞ。相変わらず自分を隠すのが上手いな君は。だが感情というのは身体の匂いにも影響を与えるんだ。ボクほどの嗅覚があれば、こうして近くにいるとうっすらとだが気を張ってるのがわかる」
「なるほど、さすが人型ストレイ……。でも人の体臭はあんまり嗅がないでもらえると嬉しいな」
若干の恥ずかしさを覚えつつも、緊張を少し緩める。確かに、張り詰めすぎて観光を楽しめないというのもつまらない話だ。
ユキアもシアンに合わせ、各売り場に意識を向けていく。
「お。シアン、ネズミのマスコットのぬいぐるみが売っているぞ。可愛いな、買っておこう」
ユキアが指さしたのは、おもちゃ売り場の入り口付近に並んでいた人形だった。デフォルメ化されたネズミのキャラクターだ。思わず顔を歪める。
「どうせならもっと別のもの買わねえか……?」
「うん? なんだシアン、こんなリアルさ皆無のキャラでもネズミはダメなのか?」
「ちげえよ、ネズミだからダメとかじゃなくて他にも色々あるだろって言ってんだよ。せっかくでかい都市に来たわけだし、サンセマムとかじゃ手に入らないような珍しい品だって手に入るかもしれねえだろ? だからネズミだからとかじゃなくて別のフロアも見てみようぜ。ネズミが嫌だからとかじゃなくてな」
「その念の押し方はもうただの自白だろう」
シアンの早口な弁舌も空しく、ユキアはネズミのぬいぐるみを購入した。説得とは難しいものだ。
「チィチィ」
「ちょっとリアルな鳴き真似にするのやめろ」
ユキアはぬいぐるみをシアンに押し付けながら、お馴染みの鳴き真似にアレンジを加えてくる。実に楽しそうだった。
ダル絡みしてくるユキアを振りほどき、階段を上って上のフロアへと行く。二階には薬局があった。
「オレは不死鳥の炎があるからいいけど、お前らは多少傷薬とか持っといた方がいいだろ。お前だってストレイの武器で負傷する可能性あるし、常にオレが近くにいるとも限らねえしな」
「そうだな、いくらか買い足しておこう」
売り場を歩き、小瓶が並ぶ棚を見ていく。薬だけでなくキメラの毒なども売っていて、なかなかの品ぞろえだった。
と、ユキアが小瓶の一つを手に取る。
「シアン、これを見てくれ。この液体を飲み物に入れて飲むと、お酒を飲んだのと同じような感覚が味わえるらしいぞ。アルコールじゃないから未成年でも楽しめるんだってさ」
「へえ、面白そうだな。どんな成分が入ってんだろ?」
「ユレネズミというネズミの唾液らしい」
「いや飲めるかそんなもん!? オレじゃなくても嫌だろ!」
悲鳴を上げて飛び退いた。ユキアはからからと笑いながら小瓶を棚に戻す。
「つかお前、ここぞとばかりにネズミネタで
「弄れる時に弄っておかないと後悔するだろう。ネタを使うタイミングを逃して二度と使えなくなったらどうする。取り逃したお宝を後から思い返すことほど空しいものはないぞ」
「人への嫌がらせを美化して語るな」
脱力し、深く息を吐く。
ふと、離れた場所にある商品棚が目に入った。
「あー、ここ薬以外にも日用品を色々売ってるみたいだな。オレちょっとあっちで買い物してくるから、ユキアは傷薬買っててくれ」
「ああ。弄りネタになりそうなものをもう少し見繕っておこう」
「傷薬を買え」
なおもネタ探しに勤しむユキアに呆れつつ、シアンは日用品売り場を進む。ユキアがウザいから逃げたというわけではなく、買いたいものがあるのだ。
目的のものを購入し、ついでにトイレに入り用を足した。
薬局に戻ってくると、ユキアはいなくなっていた。
――別のフロアに言ったか。オレももう少し回ってみようかな。
階段を上ると、三階は通信機器と文房具の売り場のようだった。特に用はないと思ったが、フロアの端の方にある休憩スペースに見慣れた姿を見かけた。
シャルマだ。なにやら子供達に群がられている。
「次、わたし描いて!」
「ダメ、次はあたし!」
「みんな描いてあげるから大丈夫だよ。ほら、転ばないよう気を付けてね」
シャルマが子供の内の一人(幼女)の頭を撫でながら、一枚の絵を手渡す。そこには、渡された子供の似顔絵が描いてあった。シャルマが普段使っている鉛筆と色鉛筆ではなく、黒いインクのペンで描かれている。
シャルマは次々と子供達の似顔絵を描いては、頭を撫でながら渡していく。凄まじい画力とスピードだった。
やがて全員に絵を渡し終わり、買い物を終えた母親らしき女性達の方へと子供達が駆けていった。休憩所には、晴れやかな顔でベンチに腰掛けるシャルマだけが残る。
「ふぅ……堪能した」
「……お前、何やってんだ?」
シアンが歩み寄ると、ようやくシャルマがこちらの存在に気付く。
「ああ、シアンさん。いやあ、珍しい形のペンがあったので買ってみたんです。親の買い物を待っている子供達がいたので、試用がてら似顔絵を描いてあげてたんですよ」
普段よりもテンション高めで話すシャルマ。おそらくだが、始めから似顔絵をだしにして幼女の頭を撫でるためにペンを購入したのではないだろうか。
「先ほどは孤児院に行くつもりが肩透かしを喰らってしまいましたが、ここで幼女成分を摂取できてよかったです」
「肩透かしもなにも、お前が勝手に勘違いしてただけだろ」
見当違いな予想を外した所為でユキアが責められるのは理不尽すぎる。
「……つか、天才画家マジナの絵をそんなぽんぽん配っていいのかよ? お前がマジナだって広まったらマズいんじゃなかったか?」
「あれでバレることはありませんよ。幼女成分の消費を調整して、普段マジナとして描いている絵とは画風も画力も変えてますし」
「相変わらずのトンデモ技能だな。なんだよ幼女成分の消費を調整って」
「よくぞ訊いてくれました。これはまず十分な幼女成分を手と脳に集中させてから――」
「待て待て違う違う教えを乞うたわけじゃねえから」
シャルマには悪いが、そんな芸当ができるのは大陸中でも彼だけだろう。
不毛な授業を始めようとするシャルマを、シアンは慌てて止めた。
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