第13話 対立


★ユキア・シャーレイ



「……やっぱり君は、失敗して死んでもべつに構わないって思ってるんだね」


「…………」


 ユキアの問いに、シアンは沈黙していた。


 図星だと、認めているようなものだった。


「実際に君の目的が果たされる可能性は、限りなく低いんだろう? 何故そんな、自殺志願みたいなことをする? 『民』を抜けたのなら、どこかに隠れて穏やかに暮らした方が幸せじゃないか」


 人殺しである自分の命は『民』を止めるために消費すべきだと、昨日シアンは言っていた。その志は立派だが、あまり納得はできない。


 犯した罪にそこまで真摯に向き合うほどシアンは真面目すぎる性格ではないと思うし、ほぼ勝ち目のない長に立ち向かって殺されるのが罪滅ぼしになるというのも違和感がある。


「まるで、死にたがっているみたいだ」


「……あのさ、ユキア。お前の目的はリウから他の人型ストレイの情報を得ることだろ? あいつを縛り上げて情報を吐かせたら、その時点でオレとは別行動になる可能性も普通にある。だったら、その後のことなんかどうでもいいだろ?」


「――――っ」


 かっ、と。

 怒りが湧き上がった。


「どうでもいいわけないだろ……!」


 思わず、押し殺したような低い声をぶつけていた。シアンは面食らったように目を見開いた。


「まだ会って間もないが、君が悪人じゃないのは理解してる。さっきだって、見ず知らずの商人を助けるために町を飛び出しただろう。そんな君がただ殺されるというのを、大人しく見過ごせというのか?」


「いや、悪人じゃないもなにもオレは人殺しだぜ。人助けだって、少しでも罪の意識を軽減させるためにやってるようなもんだ。前提としてオレは、生きてていい人間じゃねえんだよ」


「君の犯したという殺人は、『魅魁みかいの民』に強制されてやったことだろう? 情状酌量の余地はある」


「……なんでそこまで、突っかかってくるんだよ」


 少し顔をしかめて、シアンは唸る。


「オレとお前って、昨日出会ったばっかりな上にただの協力関係だよな? そりゃ面白い話し相手ではあるし戦闘面でも助かってっけど、人の生き方に口出しするほど絆深めた覚えもねえんだけど?」


「……、君がボクと、似ているからだ」


 面と向かって言うのは少し抵抗があったが、この際はっきりと言っておくことにする。そうしないと、シアンに死んでほしくないという思いは伝わらないだろうから。


「君はボクと同じように、崖から落ちても毒針に刺されても、死なない。ボクの知る限り、最もボクに近い存在だ。だからこそ、協力関係とは言え君のことは仲間だと思っているし、死ぬのは嫌なんだ」


「…………」


 シアンは、押し黙っている。


 昨日の今日で強い仲間意識を持たれても、迷惑に思うかもしれない。それでも、シアンの生きる未来を見つけたかった。


「正直に答えてくれ。君は、死にたいのか?」


「そういうわけじゃ、ねえけど」


「ならば方針変更だ。大きな街に行き『民』の情報を開示しよう」


 きっぱりと言い放つ。するとシアンはがらりと表情を変え、声を荒げた。


「それは、ダメだって昨日言っただろ! どんだけでかい街だろうと、数十人の『民』を投入されりゃまるごと滅ぼされる。あいつらだって目立つマネはしたくないだろうが、自分達の存在が他国にまで知れ渡るのを阻止するためなら絶対にやってくるぞ」


「無論、情報を開示する方法には気を遣うさ。いくつかの街や国の権力者のみにこっそり明かし、秘密裏に戦力を整えるんだ。複数の土地にいる者達で兵をまとめるのは大変だろうが、確実に『民』を殲滅できる」


「それも昨日否定したぞ。あいつらを滅ぼすなら、数千人は兵が必要になる。仮に『民』を殺し尽くせたとしても、数千人の兵はほとんどが殺されるはずだ。だったら、小さな村がたまに滅ぼされる程度で済んでる現状の方が遥かにマシだろ」


「だから、誰にも明かさず一人で立ち向かって殺されるのが最善だって言うのか?」


「殺されると決まったわけじゃねえ。もしかしたら……オレが長を殺せる可能性も少しぐらいはあるかもしれねえだろ。だったら、その小さな可能性に命をかけるだけでいい。大規模な戦争なんか起こすより、ずっとな」


「……っ」


 それはやはり、遠回しな自殺と変わらないのではないか。


 死にたいわけじゃないというのは、嘘ではないだろう。だが間違いなく、死を受け入れていた。


「……数千人分の戦力を備えている『民』を放置しておくのも、問題だろう。彼らはその気になれば、いつでも地上の街を滅ぼせるということじゃないか。そんな危険な存在を自由にさせておくより、こちらで戦力を整えて確実に殲滅した方がいい」


「だから、そんなことしたら――」


「もういい!」


 鋭い言葉で、シアンの反論を遮った。


 勢いのままに、叫んでしまった。その昂った感情は、いつの間にかユキアの制御下から外れていた。


『前提としてオレは、生きてていい人間じゃねえんだよ』と、先ほどシアンは言っていた。彼の中では、自分は死ぬべきだという考え方が明確に根付いてしまっているのだ。


 そして、そんな自分の所為で人が死ぬということを、何よりも恐れている。


「リウを捕らえるにしても長を殺すにしても、こちらの戦力は多い方がいい。当たり前の話だろう! 君が臆病風に吹かれているなら、ボクが街の権力者に掛け合うことにする」


 踵を返し、サンセマムへと大股で歩き始める。大きな街に行くのならば、まずはサンセマムからカバ車に乗る必要がある。


「ちょ、ちょっと待て! お前こそ何焦ってんだよ。まず冷静になれって」


 シアンが、慌てて追いかけてくる。


 平静を欠いているのは、うっすらと自覚していた。だが、止められなかった。


 ユキアにとって、孤独感を埋めてくれる存在を失うのは恐ろしいことだった。死にゆくシアンを止めたいという気持ちが焦りを生み、意見を曲げないシアンに怒りが湧いた。


 僅か十年分しか経験値のないユキアは、溢れる激情を抑えられなかった。


「やめてほしければ、力尽くで止めてみなよ。臆病者」


「――――」


 顔だけ振り向いて言い放った言葉が、引き金だった。


 シアンの青い瞳に、鋭い光が煌めく。何かのスイッチが入ったみたいだった。




 そして、少年の姿はユキアの視界から掻き消えた。

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