後悔先に立つ

第1話 怪しい店

 瞬きした。毎日、目がチカチカしてこれは果たして俺のやらなければならない仕事なのかとサトルは思う。広告代理店で働く25歳の会社員のサトルは昔から要領の悪さが目立ち、使えないやつとしてレッテルを貼られてきた。当然就活もうまくいかず、内定をもらえた企業の中で一番給料の良いところを選ぶとお手本のようなブラック企業に入ってしまったわけである。人間の幸福度は健康からくるものだと体感した。終わりの見えない資料の山とPCの画面を見続けるような日々が続いていた。


 とある休日、昼過ぎに起きたサトルはせっかくの休日が寝ているだけで終わってしまうという思いに駆られ、体を無理やり起こして散歩に出かけることにした。会社から少しでも離れたいという思いが行動にも表れたのか駅とは反対方向に歩きだしていた。急いで入居したアパートだったので住んでいる付近に何があるのかサトルは全く知らなかった。店が多く立ち並ぶ商店街のエリアまで歩くと少し外れに古い雰囲気を醸し出している店を見つけた。

 

 その店には看板は無く、周りの商店街から隠れるように立っていた。

 「潰れているのかな」

中は暗くてよく見えない。吸い込まれるようにサトルは店に入っていった。

 

 店に入ると目の前にはカウンターと一人分のイスだけが用意されていた。周りのウッド調の店内の中に幾何学な模様を浮かべたイスが異質さを感じさせていた。

 人気のない店内にサトルは店を出ようとしたがカウンターに張り紙があることに気づいた。 


 張り紙にはこう書いてあった。

 「座ってお待ちください」

 サトルは座ることにした。

 

 座るとずっと奥からこちらに近づいてくる足音がした。気づいたときにはサトルの目の前に立派な髭を生やした背丈の小さい老人が立っていた。

  

 急に目の前に来た老人にサトルが声を出せずにいると「何か後悔でも?」と老人がやさしい声で語りかけてきた。

 

 サトルは言われた言葉の意味を理解するのに数秒かかった。今までにない接客だったからだ。最初の店員の対応は「ご注文は?」とか水を出してくれるものだと思っていた。いきなり後悔があるか聞かれても応えられないのは当然である。

 

 老人はそんなサトルの様子を見て

「この店はね、そういう人しか見つけられない店なんだ」

 サトルは戸惑いながらも納得した。

 

「君はどうなんだい、さっきの答えは」

「嫌というほどあります」

 

「そうかい、君がここに来たのは正解みたいだね」


サトルは思った。この店は何を商売にしているのかと。

怪しい店に入り込んでしまったのだと思い席を立とうとすると


 「後悔、取り戻してみたくはないかい?」

 老人はサトルをイスに留めるように言った。

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