四葉のクローバー

徒開

第1話

春風が気持ち良く吹き渡り、静寂が周囲を包み込む。辺りを見渡せば、海、海、海。そして、そんな夜の海は黒色に染まり、ある2人の男女の存在を印象づけさせる。男は短髪で、黒色のコートを見に纏っている。年齢は30代前半といったところだろうか。一方、女の方は20代後半といった年齢である。女は明るめの茶髪を片方だけ耳にかけ、その隙間から見える樹脂性のイヤリングで、ちょっとした幼さが醸し出されている。2人はお互いを見つめ合い、少しの沈黙の後、男が口を開いた。「凛花、俺…やっぱ凛花のことが好きだ。」男は大きな砂紋を描いた砂を踏み締め、自身の緊張を紛らわす。そして、ポケットから小さな赤色の箱を取り出し、その箱を開けた。中には、真ん中に一粒の大きなダイヤモンドのある指輪が光っていた。

「俺と、結婚してください」

そう男が言った刹那、今まで無表情だった女の顔が綻び、小さく震えていた両手を口元に当てる。爪に付けたネイルのラメがキラキラと輝き見え始める。

「…はい、よろしくお願いします。」

女はそう言い、何度も首を縦に振った。耳に付けていた四葉のクローバーのイヤリングが揺れ動く。女の目には今にも溢れそうな程の涙が溜まっている。2人は抱き合い、それを見守るかのように、雲から顔を出した月明かりが2人を包んだ。


********************


 閑静な住宅街のとある一角。カラスの鳴き声が騒がしく聞こえ始め、絵に描いたようなオレンジ色の空が広がっている頃。

「ただいま〜」

ガチャ、というドアの閉開の音と共に、男ーーー川口晴翔の声が廊下に響き渡る。

「おかえりなさい。」

即座に女ーーー鈴木凛花が廊下の一端から顔を出し、嬉しそうな返事をする。料理中だったのだろうか。その片手にはフライ返しが握りしめられている。玄関に立ったまま、晴翔は廊下に漂う空気の中に、かすかなシチューの香りを見つけた。彼は顎を突き出し、犬のように鼻腔を膨らます。

「この匂い…今晩はシチューかな。」

「ふふ、正解。今晩はシチューだよ。もうすぐできるから、先にお風呂に入っておいて。」

彼女は白い歯を出し、穏やかな笑顔でそう答える。彼は頷くと、颯爽と靴を脱ぎ、スリッパに履き替え、上に着ていたスーツを彼女に渡した。

「その包帯…」

渡した時、彼女が着ている洋服の右側の裾から、ちらりと包帯が見えた。彼はそれを見ると、少しだけ顔を歪めた。

「え、あー。大丈夫だよ。ただの傷跡だから。痛くもないし、痒くもないよ。そんなことより、早くお風呂にはいっちゃって。」穏やかな笑顔のままそう促すと、彼は少しだけ唇を尖らせた。

(そういうことじゃないのに。)

彼は、まだ不満げな表情で仕方なく風呂場へ向かっていくのであった。


 風呂場に続くドアを開けると、晴翔は自身の着ていた服を脱ぎ始めた。

(この傷跡…やっぱり一生残るのかな)

彼は、顔を俯き、腹部にある大きな傷跡を見た。それは、皮膚の色は変わってないまでも、他の皮膚と比べて明らかに凹凸がある。

「ふぅ〜〜。」

両手で自身の頬を軽く叩く。

(いや。こんな傷跡なんかに弱音を吐いてちゃダメだ。凛花は、大きな傷跡があっても俺を受け入れてくれたんだ。だから…)


(俺も凛花を受け入れる。そう決めたんだ。)

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四葉のクローバー 徒開 @tokai-welcome

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