紺色の雪

色葉みと

懐中時計 - 1

 コンコンコン


 暗い暗い闇の中、ノックの音が鳴り響く。

 真っ白な扉の前に影ひとつ。


 コンコンコン


 扉の向こうにいるであろう者からの反応はない。


 ゴンゴンゴン!


 苛立ったように扉を叩くその者は人ではない。

 真っ白な髪、その存在を確かめてしまいそうになるほど白い肌、何よりがあった。

 ふさふさとした狐のような白い耳と尾。それらはぴくぴくと動いている。


「……ちっ、またか」


 見事に整っている顔を歪ませ、悪態をつく。

 何を考えたのか思い切り扉を蹴った。だが扉はびくともしない。


「おい! せつ! そこにいるのはわかってるんだからな! さっさとこの扉を開けろ!」


 ……がちゃ


 一瞬の間の後、その扉は開いた。

 面倒そうに出てきたのは、上等な着物を着ている女。その者もまた、狐耳の男に負けず劣らず整った顔をしている。

 狐耳の男はずかずかと部屋に入る。そこにあったはずの扉は消えていた。


「なんだね。朝から騒々しい。わっちは寝てたんだよ」

「……お前、今何時かわかっているのか?」

「今? そんなの朝に決まっているじゃないか」

「……外見てみろ」


 呆れ顔の男に促され、女は渋々と障子を開ける。

 暗く沈んだその部屋に日の光が入ってくる。

 太陽はちょうど真上にあった。


「今は昼の2時。どこが『朝から騒々しい』だ」

「……わっちが起きた時が朝なんだ」

「そうかよ。……ところでどうして俺を呼んだんだ?」


 女は戸棚から小さな箱を取り出した。

 そこには針の止まった懐中時計が入っている。

 そっとそれを取り出し、男に渡した。


「……これはなんだ?」

「曰く付きの懐中時計さ。動かそうとねじを回した者をその者が一番思い出したくない過去に連れて行くと言われている」

「そうなのか」

「……おいこん、ねじを回してみろ」


 さも当然といった様子で男に時計を渡す。

 よく見ると、女の口角は僅かに上がっており、そこには好奇心が在った。

 男はそれに気づいていない。


「どうして俺が……」

「わっちが意味のないことをしろと言ったことがあるか?」

「ちっ、仕方ない」


 女の方が一枚上手だったようだ。

 男は懐中時計のねじを回す。

 慎重に、ゆっくりと、全ての動きに気を配って……。

 数回繰り返すと針が動き出した。——反時計回りに。


 チッチッチッチッ……


「っ!」

「……おや。これは」


 そう呟いたと思ったら、女は狐耳の男に思いきり抱きついた。

 その瞬間、二人の姿は消えた。唯一、時を止めた懐中時計を残して。

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