瞬きの向こう側

菅原 高知

第1話 呪い

『呪い』――

 物理手段を用いずに他に不幸や災いをもたらす行為。



 古くは神話の時代――――


 黄泉に落ちた伊邪那美命いざなみのみことが約束を破った伊邪那岐命いざなぎのみことに対し『愛しき我が汝夫の命、かくなさば、汝の国の人草、一日に千頭絞り殺さん』と現世の人を一日に千人殺す呪いをかけた。その日から日に多くの人が死ぬようになり、伊邪那岐命は対抗するため、日に千五百の人を生むようになった。


 これが世界最古の呪いであり、それは現代においても続いている。



 呪いと言ってもその種類は多く、邪馬台国卑弥呼が使ったとされる『鬼道』や、平安は陰陽師の前身呪禁師じゅごんしが使用した『呪禁』、そして陰陽師が使用した『調伏ちょうふく』。その他にも強い恨みを残して死んだ後もその恨み憎しみが消えず悪霊となった日本三大怨霊と言われる『菅原道真』『平将門』『祟徳すうとく天皇』の呪い。蟲毒なども呪いの一種である。また民間信仰的な呪いでは、『丑の刻参り』や『憑きモノ筋』といったものまで歴史と呪いは切っても切り離されない。




 プロローグ


 いつの頃からか、目に見えない『ソレ』の存在を感じるようになった。


 それは朝顔を洗っている時だったり、着替えている時だったり、ボーっとテレビを見ている時だったり、髪を洗っている時だったり……。


 視界の端で、『ソレ』の存在を視るようになった。 


 恐怖心は――あった。


 見えない何かが確実にそこにいる確かな感覚。

 第六感シックスセンスというものなのだろうか。

 初めは視る回数はそれほど多くなかった。

 しかし、次第に数ヶ月に一度だったものが、数週間に一度、一週間に一度と増えて行った。

 この頃になると私はいつも『何か』に怯えていた。

 今思えば、祖母が亡くなってからだ。私がこうなったのは。

 生前祖母はよく私に言い聞かせていた言葉があった。


『感情を抑えなさい』


 それは決まって両親や、弟がいない、私と祖母がニ人きりの時に言われた。

 きっと祖母は私と同じだったのだ。

 そして、自分祖母が死ねば次が私になる事も知っていたのだろう。


 祖母の死後、私は超能力者として囃し立てられた時期がある。

 私が言った通りに失せ物が見つかった事を皮切りに、天気の変化、誰々が事故にあう、病気になる――誰々が好きなのは誰々……etc。


 正直に言おう。

 あの時私は有頂天だった。

 私の周りには常に人集りが出来ていた。

 みんなが向けてくる憧れ、尊敬、畏怖、様々な感情が私を特別だと教えてくれた。


 人は1人では生きていけない――周りと同じじゃないと安心できない。

 だけど、同時に誰もが特別でありたい――人とは違う自分を望んでいる。


 矛盾――共存し得ないはずのソレが、あの時は確かに私の隣人となっていた。


 だから、私が祖母の言いつけを忘れたのも仕方のないことだったと思う。


 私は求められるがままに力を使った。初めこそ無意識に――すぐに意図的に。


 だけど、力には代償があった。

 当然だ。古今東西特別な力にはそれ相応のリスクがある――。

 祖母はそれを知っていて、私はそれを知らなかった――いや、知らないフリをしていた。


 気付けるタイミングはいくつもあった。

 無くなったものが傷だらけで見つかった時、晴れているのに雨が降ったり、事故現場に獣の足跡が不自然に沢山あったり――恋敵が事故にあった時。


 あの時から――いや、今思えば元からあった恐怖が積もりに積もって、あの事件で溢れ出したのだ。

 あの事故がだけが原因ではなかった。


 私のすべてが恐れられ、そして、誰もいなくなった。


 周りから人が居なくなったことで、私は力の本質を知った。

 向ける相手がいない力は行き場を失い――そして、それは当然のように私に向かってきた。 


 あやふやだった存在が明確なモノとして。『ソレ』の気配、痕跡は私が独りになるほど明確になっていった。


 常に見られている感覚。

 息使い。

 足音。

 ――獣臭。


 この頃になると、引き籠もった私の部屋は荒れ、鏡に映る顔付きも自分の知るモノではなくなっていた。

 身に覚えのない傷が付いていることなど日常茶飯事――手足は常に包帯で覆われていたが、それもすぐ赤黒く染まっていった。


 私が不幸でありながら幸運だったのは、祖母がいた事――対抗策を教えてもらっていた事だ。


 自分の顔が変わってきていることに気付けた私は、このままではダメだと思った。


 そして、行動した。


 私は中学の三年間をかけてどうにか『ソレ』抑え込めるようになった。

 コツは一つ。感情を抑えることだった。


 元来引っ込み思案だったが、力のせいで誰にでも横柄な態度を取るようになり、それが今度は引きこもり。

 クラスカーストの上から下まで体験済みの私が選んだのは『中間層』。

 一番人数が多い、その他大勢の層だ。

 級友とは分け隔てなく接し、スポーツも勉強も疎かにしない。

 しかし、目立ち過ぎず、常に三番手、四番手のといった当たり障りのない位置を保った。

 すると、どうだろう。

『ソレ』を視る回数は減っていき、一ヶ月に一回視るか視ないか程度まで抑制できるようになった。

 このまま、次第に視えなくなっていくのでは? 私の儚い努力に淡い期待を抱き始めていた。


 しかし、高校に入学すると状況は一変した。

 

 島根県立西南高等学校。

 入学試験の時にも違和感を感じていたのだが、入学しを終え、この学校の一員になった瞬間。

 学校は歪な何かに変わった。

 ヤバい。

 そう思った。

 清々しい春晴れの入学式当日。

 周りのクラスメイトが大きな期待と少しの緊張、それを笑顔という仮面で覆い隠しながら談笑している中、私は冷や汗が止まらなかった。

 何て学校ところに来てしまったんだろう。


 コレは私への罰なのだろうか?

 祖母の言い付けを破り、他人の想いを玩具のように扱った――力に飲まれた私への罰。


 入学と同時に、この先三年間の絶望を抱きながら、私の高校生活は始まってしまった。

 









  

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