瞬きの向こう側
菅原 高知
第1話 呪い
『呪い』――
物理手段を用いずに他に不幸や災いをもたらす行為。
古くは神話の時代――――
黄泉に落ちた
これが世界最古の呪いであり、それは現代においても続いている。
呪いと言ってもその種類は多く、邪馬台国卑弥呼が使ったとされる『鬼道』や、平安は陰陽師の前身
プロローグ
いつの頃からか、目に見えない『ソレ』の存在を感じるようになった。
それは朝顔を洗っている時だったり、着替えている時だったり、ボーっとテレビを見ている時だったり、髪を洗っている時だったり……。
視界の端で、『ソレ』の存在を視るようになった。
恐怖心は――あった。
見えない何かが確実にそこにいる確かな感覚。
初めは視る回数はそれほど多くなかった。
しかし、次第に数ヶ月に一度だったものが、数週間に一度、一週間に一度と増えて行った。
この頃になると私はいつも『何か』に怯えていた。
今思えば、祖母が亡くなってからだ。私がこうなったのは。
生前祖母はよく私に言い聞かせていた言葉があった。
『感情を抑えなさい』
それは決まって両親や、弟がいない、私と祖母がニ人きりの時に言われた。
きっと祖母は私と同じだったのだ。
そして、
祖母の死後、私は超能力者として囃し立てられた時期がある。
私が言った通りに失せ物が見つかった事を皮切りに、天気の変化、誰々が事故にあう、病気になる――誰々が好きなのは誰々……etc。
正直に言おう。
あの時私は有頂天だった。
私の周りには常に人集りが出来ていた。
みんなが向けてくる憧れ、尊敬、畏怖、様々な感情が私を特別だと教えてくれた。
人は1人では生きていけない――周りと同じじゃないと安心できない。
だけど、同時に誰もが特別でありたい――人とは違う自分を望んでいる。
矛盾――共存し得ないはずのソレが、あの時は確かに私の隣人となっていた。
だから、私が祖母の言いつけを忘れたのも仕方のないことだったと思う。
私は求められるがままに力を使った。初めこそ無意識に――すぐに意図的に。
だけど、力には代償があった。
当然だ。古今東西特別な力にはそれ相応のリスクがある――。
祖母はそれを知っていて、私はそれを知らなかった――いや、知らないフリをしていた。
気付けるタイミングはいくつもあった。
無くなったものが傷だらけで見つかった時、晴れているのに雨が降ったり、事故現場に獣の足跡が不自然に沢山あったり――恋敵が事故にあった時。
あの時から――いや、今思えば元からあった恐怖が積もりに積もって、あの事件で溢れ出したのだ。
あの事故がだけが原因ではなかった。
私のすべてが恐れられ、そして、誰もいなくなった。
周りから人が居なくなったことで、私は力の本質を知った。
向ける相手がいない力は行き場を失い――そして、それは当然のように私に向かってきた。
あやふやだった存在が明確なモノとして。『ソレ』の気配、痕跡は私が独りになるほど明確になっていった。
常に見られている感覚。
息使い。
足音。
――獣臭。
この頃になると、引き籠もった私の部屋は荒れ、鏡に映る顔付きも自分の知るモノではなくなっていた。
身に覚えのない傷が付いていることなど日常茶飯事――手足は常に包帯で覆われていたが、それもすぐ赤黒く染まっていった。
私が不幸でありながら幸運だったのは、祖母がいた事――対抗策を教えてもらっていた事だ。
自分の顔が変わってきていることに気付けた私は、このままではダメだと思った。
そして、行動した。
私は中学の三年間をかけてどうにか『ソレ』抑え込めるようになった。
コツは一つ。感情を抑えることだった。
元来引っ込み思案だったが、力のせいで誰にでも横柄な態度を取るようになり、それが今度は引きこもり。
クラスカーストの上から下まで体験済みの私が選んだのは『中間層』。
一番人数が多い、その他大勢の層だ。
級友とは分け隔てなく接し、スポーツも勉強も疎かにしない。
しかし、目立ち過ぎず、常に三番手、四番手のといった当たり障りのない位置を保った。
すると、どうだろう。
『ソレ』を視る回数は減っていき、一ヶ月に一回視るか視ないか程度まで抑制できるようになった。
このまま、次第に視えなくなっていくのでは? 私の儚い努力に淡い期待を抱き始めていた。
しかし、高校に入学すると状況は一変した。
島根県立西南高等学校。
入学試験の時にも違和感を感じていたのだが、入学しを終え、この学校の一員になった瞬間。
学校は歪な何かに変わった。
ヤバい。
そう思った。
清々しい春晴れの入学式当日。
周りのクラスメイトが大きな期待と少しの緊張、それを笑顔という仮面で覆い隠しながら談笑している中、私は冷や汗が止まらなかった。
何て
コレは私への罰なのだろうか?
祖母の言い付けを破り、他人の想いを玩具のように扱った――力に飲まれた私への罰。
入学と同時に、この先三年間の絶望を抱きながら、私の高校生活は始まってしまった。
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