だんだんと、近づいてくる。
クロノペンギン
掌編
静かな夜、二人の男が連れ立って歩いていた。
「先週もこの道を歩いた時、怖い目にあったんだよ」
「へえ? オバケでも出たかい?」
「うん。そうだったかも知れん」
「お前が冗談を云うなんて珍しいね」
「いやいや。この先を曲がると、川沿いをずっと遠くまで一本道が続いているだろう。街灯もポツンとしかないから、とても暗い。普段だって、なんだか嫌ぁな気持ちになるんだが、その日は一本道の向こうに人影が立っていてね」
「ああ、真夜中に、知らない誰かとすれ違うのは、それだけで怖いな」
「そうさ。だが、それだけではなかった!」
勢いよく声を張り上げて、男はさらに続けた。
「最初は、わからなかった。なにか、違和感があるなって……。なにかがおかしい、ような気がするけれど、うーん……。そう思いながら、俺はゆっくり前に進んでいった」
「そこでパッと引き返せないのは、ホラー映画ならば死んでいるな」
茶化すような言葉を無視して、男はどんどん話を続ける。
「人影も、こちらに向かって歩いて来た。違和感の正体には、すぐに気付いたよ」
「なんだったんだ?」
「暗く、遠く、小さく見えていたから、最初はわからなかっただけだ。だんだん近づいて、だんだん大きくなって……だんだん、だんだん、そいつが大きすぎることに気付いた」
「大きすぎる?」
「ああ、大きかった。とても。最初から、人の大きさじゃあ無かったんだ。遠くに見えていたから、わからなかっただけで……。距離が半分まで近づく頃には、柳の木みたいに伸びていたよ。ちょうどすれ違う時なんて、そいつは山のような大きさで、踏み潰されるかと思うぐらいで――」
「幽霊か、妖怪か……? ああ、なんにしろ、そんなものと出会って、よく無事だったな」
「それこそ驚くべきことかも知れんな。結局、何事もなかったよ。あれが何だったのか、正体なんてまったくわからんままだけど、ただすれ違うだけで終わっちまった」
二人はちょうど、話題となった曲がり角に差しかかる。
さすがに、わずかな躊躇があった。
二人はそれでも、好奇心も含んだ一歩をそろりと踏み出して行く。果たして、本日、長い一本道の向こう側には、なんの人影も見えなかった。
「なんだ、つまらない」
「そうそう毎夜、化け物に出られても困るだろう。それに、この前と違って、今晩はとても明るい。月がやたらめったらに輝いている。怪談には似合わん夜だよ」
二人は笑い合った。
お互いの顔がハッキリと見えるぐらい、月が明るい。
「しかし、改めて考えると、ただすれ違うだけではオチが弱くないか?」
「いやいや、創作ではないからなぁ。体験談をそのまま語っただけだから、勘弁してくれ」
そこで思い付いたような顔になり、男がつぶやく。
「我々が家に帰ろうとしているように、あちらさんも向かう先があったのかな?」
「まあ、云われてみれば、どこか急いでいたようにも思えるな」
男は、うなずく。
最初は小さく、最後は大きく。
どんどん目の前に迫って来ながら、すれ違うだけで終わったその何かは、確かに、急いで歩いているようにも見えた。
「そうだな。まるで、何かから逃げていたようにも……」
「逃げる化け物とは珍しい。怪談としてはアベコベだよ。いったい何から逃げるのだ?」
二人はそこで、ふと、顔を上げた。
静かな夜で、とても、明るい夜だった。
一本道の向こう側では、夜空がぽっかり開けている。高く広がる夜空には、星は見えず、真っ暗闇の中心で満月だけが輝いている。当然ながら、満月と云っても、それは本来、小さく見えるものに過ぎないけれど――。
一本道を半分ぐらい進んで、二人は同時につぶやいた。
「だんだんと、大きくなって……」
だんだんと、近づいてくる。 クロノペンギン @Black_Penguin
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