死探の二人

アールサートゥ

死より探る

「————ッ!」

「——っ! ——————ッ!!」


 廃墟。暗翳あんえい満ちる灰褐色捨て地。

 響く怒号と叫声。暴れる矮躯と振るわれる暴力の気配。

 ただ二人、ここには二人。弱者と搾取者あるのみ。

 声聴く者は、互いをおいてあらず。闇とコンクリートは音を拾おうが、生者ひとに関わること能わず。

 

「はひッ! へははっはははッ!」

「ああぁがぁああッッ!!」


 愉悦と興奮を曝け出した哄笑。野太い男。

 痛みと苦しみ、苦痛より絶叫。若い少女。

 男は腕を振るう。少女の肩、足、胸。骨を折らんと与えられる衝撃は、少女の体を軋ませていった。

 少女の抵抗はか弱く、巣から落ちた雛のように溶けていく。

 

「ぁ……あぁ……ぅ……」


 数分か、十数分か、少女は動くことをやめた。動けなくなった、の方が正しいだろうか。

 体の末端には形の歪んだ四肢。指など折れ曲がったものもある。胸の凹みを見るに、少女の胸骨は内臓の保護を半ば放棄しているようだ。

 獣の如き顔をさらに歪ませ、男体から上がる熱は闇を歪ませる。

 歓喜に浮かされる男は、ゆらりと右腕を振り上げる。

 廃墟の穴から潜り込む月と街の明かりが、男の手先にある銀を浮かび上がらせる。

 欠けた月の化身、命を奪う爪、磨き抜かれた黄泉への切符。

 大ぶりのドロップポイントナイフ。

 ゆーると揺れた刃先が、瞬きの間に狙いを定め、空を引き裂き肉を狙う。

 ああ、男は気付かなかった。冷たい建材と闇が、少女のかんばせを隠してしまった。

 男よりもなお歪んだ笑みに、男は捉えられていたというのに。


「が————ッ!!!! ははははっはははははッッッ!!!!!!」


 死に体のはずの少女は、口から聞くもおぞましい絶叫。

 絶叫? 否、それは恐怖からではない。狂気にも等しい悦楽よりの笑い。

 故に、狂笑。

 狂い果て衰弱すら見えぬ、崩れ果てた人の残滓。

 男は恐怖する。ここにあって初めて、畏れと焦りが身体中を這い回る。

 狂笑に負けないように雄叫びをあげ、両手に持ち直したナイフを突き刺す。

 何度も何度も。

 胸も腹も腕も関係なく。

 ひたすらに突き立てる。


「ひひひあっはははははは————がッ!?」


 狂気に満ちた嬌声が、止まった。

 荒い息遣いの中、男は少女の顔を見る。

 右眼窩に捩じ込まれた赤黒い刃。裏返った左の眼球。舌が飛び出し、カエルのように開かれた口。

 人じゃない。

 男は顔を拭う。血も汗かもわからぬ液体が袖を濡らし、伸びた粘液が目に染みる。

 三呼吸をこなした男は、弾かれるように逃げ出した。

 強者の姿などない。ただ逃亡者の惨めさと醜さが、喉から捻り出される吠えに現れている。


「……………………」


 いくばくかの静寂をおいて、影より足音が響く。

 微光が照らすのは、細身の青年。彫りの深い美貌が、僅かに見出せる。

 倒れた少女の骸を見下ろし、青年は手を伸ばした。

 掴んだのはナイフの柄。

 抵抗は少なく、ぬるりと引き抜かれる切先に糸が引いた。


「起きろサキ。今回はどんな奴だった」


 ナイフを投げ捨て、青年が言い放つ。


「………………ぁ」


 ジュグリ。

 肉が血を啜る。

 ずるり。

 脂肪が傷を繋ぐ。

 がこり。

 骨が関節に戻る。

 ジュグリずるりがこり——


「ぅ————ぷはぁっ! あー痛かった!」


 立ち上がったのは屍ではない。少女は、生きている。

 呼吸、脈拍、仕草。

 生きている。


「アルっ! 今日はいい日だったよ! めっちゃ気持ちよかったっ!」

「殺されることの何がそんなに嬉しいんだ」

「いやー、今日のおじさまはステキだったなぁ」


 アルは思う。話を聞けバカ女。

 しかしアルは知っている。このサキという女は、“死”以外に愉悦のないクズだと。


「なんていうのかなぁ……プラスチックでピュレ?」

「プラトニックでピュアだろ。それは先日俺が言ったことだ。著作料取るぞ」

「どうせ他にも使っている人いるよ」

「全くだクソッタレ」


 こういうとこだけ勘が良いな。理不尽だ。

 アルは心より世を呪った。


「ここは寒い。さっさと帰るぞ。そんで掴んだネタを話せ」

「りょうかーい。『探偵』も大変だねー」

「『求道者』も大概、業が深いだろ」


 並び歩く人影。

 月が照らすは、理外の二人。

 “死”を専門とする『探偵』。

 “死”を探究する『求道者』。

 人間の常識から外れた両者は、ただ一つの異能を以て世界の理からも外れる——


「お〜いし〜死に方〜」

死の中毒者ネクロジャンキーめ」

「だって、。楽しまないと損だよ」


 ——不死という不条理によって。

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