百合の花が咲く頃に
森乃宮伊織
第1話 プロローグ
幾千も先にある白い雲。
手を伸ばそうとて、一欠片も掴めない。
校庭の中庭、一面に緑の絨毯が広がる芝生に寝転び、私は澄み渡った青空を眺めていた。
金木犀の香りが鼻腔をくすぐる。
私の意識が遠ざかり始めた頃、遠くから枯れた草木を踏みしめる音が近づいてきたように感じた。
だんだん大きくなった足音はやがて止まり、いくらか間があいた後で静かに私の隣に座ったらしい。
2人の間を流れる風と沈黙。
この時間が幸せだった。
私は隣に寝転ぶ人物の素性を知らない。顔も見たことも、話をしたこともない。
ただ、2人で共有する空気は美味しい。
いつもなら昼休みの終了を告げるチャイムの前に隣の人物は立ち去るのだが、何故だか今日は違った。
目を閉じていても感じる強い陽の光が何者かによって遮られた。
何事かと思ってあたふたしていると、唇に湿った感触が走った。
急いで目を開こうにも、脊髄が反射したのか瞼はぎゅっと強く結ばれている。
タタタッと足音が遠のいていく上にチャイムが鳴って、ようやく私は現実世界に戻ってこられたような気がした。
暗い視界にいきなり煌めいた光が差し込み立ちくらみがした。
頭が痛い。
立てない。
そこに小さな白い手が差し出された。
私はその手をがっちりと離すまいと掴む。
柔らかい手は少しでも力を入れたら壊れてしまいそうだった。
それでも良い。
この手を離してしまったら違う何かが壊れてしまう、そう思った。
その時一瞬だけ見た彼女の顔は今でもはっきり覚えている。
しかし、それ以降彼女と顔を合わせることは一度もなかった。
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