アル中
双葉紫明
第1話 ある中学生の記憶
青木サク。
年配の女性教師。
生意気盛りの僕らは彼女のこと、「サクさん」と呼んでた。
ちょうど理科で酢酸とか習ってたから、タイムリーだった。
担当は数学。
僕は数学が嫌いだった。
しかし、彼女の授業は面白かった。
数字や数式の羅列と口頭弁論ではない。
彼女の黒板には、いっつも絵が描かれていた。
もちろん図形やグラフの様なものもあったけど、彼女が良く用いたのは「中学校」だった。
僕らが中学生だったからで、もしも彼女が小学校や高校の教師だったら、それはやっぱり小学校や高校だっただろう。
雑な、箱状の建物に窓ガラスのつもりの縦線数本。
職人芸、時にはたんなる四角な時もあった。
ある意味極めて数学的であったと、今では思う。
そんな横着な彼女、だいたいふたつの中学校を描いて、その間の人間や物資のやり取りを例えて説明していたのだが、ふたつとも「ある中学校」と表現していた。
ふたつの中学校の絵の下、さらに横着して「ある中」。
ふたつ同じではいけないと思ってるのか、もう一つに「アル中」。
これは生徒たちに大ウケしていて、根暗眼鏡の幸薄そうな中年女性が、眉ひとつ動かさずにクラスの中心に磁場を作る、彼女の必殺技だったのだろう。
「サクさん、アル中!」
爆笑の渦。
だから、あの絵が何の説明に使われたのか、あまり覚えてない。
毎回使うもんだから、みんなすぐに飽きた。
しかし、サクさんの本領発揮はそこからだったように、僕は思っている。
「ある中」と「アル中」。
たぶん確信犯だが、時に誤りを演じ
「アル中」と「アル中」。
その間に、やり取りを示す矢印。
「アル中」→「アル中」
「アル中」←「アル中」
「アル中」⇆「アル中」
誰も笑わなくなった学年半ばを過ぎても、僕はついニヤついていた。
そして、無表情なサクさんも時に口角を僅かに上げてヒクりとしていた気がした。
まだアル中なんて、現実味のない年頃。
けど、酔って暴力をふるう僕の父親はアル中かもしれない。
そんな程度。
それがまさか、遠い先の僕の人生を暗示する記号だったなんて。
今思えば、サクさん自体アル中の自虐を込めていたのではないか?
などと想像する。
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