うちの妹は缶ジュースの開け方がおかしい

寿甘

いつも開け方がおかしい

 うちの妹は缶ジュースの開け方がおかしい。


 プルトップの穴の部分に箸のような細い棒を通し、棒の先端で飲み口の穴が開く部分を押しながら引き上げて開けるのだ。本人曰く「こんな端っこだけで押してちゃんと穴が開くのか信用できない」とのことだ。実際に過去一度だけ穴が開かずに引く部分が取れたことがあったので、それがトラウマのようになっていたのだろう。


 そうやって一生懸命握った箸を引き上げている背中を見ては、やれやれと呆れた顔をしていたものだ。


 そんな妹も東京の高校に進学していき、この家には俺一人になってしまった。


 両親は早くに他界し、長男の俺が家業のブドウ農家を引き継いでいる。家業は堅調だが、作業を終えて家に帰ると家に誰もいないのでなんとも寂しい気持ちになる。恋人がいないこともあり婚活中だが、なかなかいい相手に巡り会えず、このまま一人で人生を終えるのではないかと不安な気持ちが湧いてきたりするのだ。


 七月も半ばを過ぎ、学校が夏休みに入る頃、妹から墓参りも兼ねて里帰りすると連絡があった。どうせ俺一人しかいない家だから泊まらせろと言ってきたが、言われなくても高校生を旅館やホテルに泊まらせるつもりはない。


「いやー、ここは変わらないねえ」


「一年やそこらで変わるわけないだろ」


 妹は高校二年生。去年の夏と冬には色々あって帰って来れなかったから正確には一年と四ヶ月ぶりだ。久しぶりに見る妹は東京で垢抜けてしまっているかと思ったが特に変わった様子もない。どこかホッとしてしまった自分が少し情けなく感じた。


「こんな家に一人じゃがらんとしちゃうでしょ。犬とか飼わないの?」


「お前そこは結婚しないのって聞くところだろ」


「どうせ相手いないでしょ」


「うるせー、そういうお前はどうなんだよ? カレシとか出来たのか?」


 妹は肩をすくませて手を振る。どうにもダメな兄妹だ。またホッとしてしまう俺はいい兄ではないだろう。でも、親戚とも疎遠な俺達にとって家族はこの二人だけなのだ。恋人が出来て離れていったら本当に孤独になってしまうような気がした。


「しばらく泊まっていっていいでしょ?」


「ああ、いいけど東京にいた方が遊べるんじゃないのか?」


 こんな田舎にいるより東京の方が遊ぶ場所も多いだろう。地元の友達と遊ぶにしたって、そんなに交友関係が広かったようにも思えないが。


「東京にいるとこっちの良さが分かるのよ。あっちはあっちでいいところだけどね」


 そう言って冷蔵庫から缶ジュースを取り出す。そんなものかと思いつつ、引き出しから箸を取り出す彼女を見て思わず口元をほころばせた。


「まだそうやって開けているのか」


「そりゃそうよ。プルトップが取れたらどうすんのよ」


 箸を右手で握りながら机に向かう妹の背中を見て、微笑む。この二年で人生が激変してしまった俺には、相変わらず変な缶ジュースの開け方をする妹の様子が救いのように感じられた。


 それでもいつかはお互い変わっていかなくてはならない。だからこそ、今この時を大切にしようと思うのだった。

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