ラブコメ首脳会談
炭石R
1話 はじめての首脳会談
――ガチャっ、
左右の
今から始まるのは、俺が
――と言っても、相手は幼馴染のミリィだし、会談内容も事前に決めてある。気負う必要は無い。
「
俺は少し離れたところからミリィに声を掛けた。先に声を掛け、挨拶を返されるのを待つまでは近付かない。それがシャローラン
普段はお互いの立場なんて何も考えずに接しているけど、公の場では大統領と女凰として接すると決め
「
――た筈なんだが?
ミリィがいきなり近付いてきたどころか、抱きついてきた。
女凰様の異例の対応に、周囲の記者達が動揺している。俺の心も同様だ。
「
「それは私の言葉です。いつも通りで良いのですよ?」
……いや、おかしい。
驚いている周囲の記者達。一見すると普通の光景だが、匂いに違和感がある。
「ミリィ。魔術を使ってるだろ」
俺が指摘すると、周囲の記者達の姿が消えて、部屋の大きさすら変わった。違和感の原因は、ミリィが魔術で幻影を作っていたからだ。
「どうして気付かれたのですか?」
「記者達はミリィの行動に驚いてて、唾液の匂いも強くなってたけど、変化が一定すぎる」
俺は生まれつき人よりも嗅覚が鋭く、練磨した今となっては、汗や皮脂、唾液や涙液などの匂いの強さから人の感情を読み取れてしまう。
人は驚くと口が開いたり息が荒くなったりするので、唾液の匂いが強くなる。しかし、それは波のようなものだ。ミリィが作った幻影の匂いは、不自然なまでに一定の変化をしていた。
「次回は修正しますね」
「まあ、頑張れ」
ミリィは幻影の魔術を熱心に研究していて、回数を重ねる毎に少しずつ精密になっている。初めは体臭すら無かったのが、今では記者一人一人の体臭と、その変化まで再現しようとしている程だ。
「それより、既に会談の予定時刻は過ぎてるけど、どうなってる?」
「会談は私の準備に時間が掛かっているという理由で半刻ほど遅らせました。莅塩様の秘書には連絡済みですし、莅塩様には私の秘書が伝えているということになっています」
とりあえず、大事にはならないようにしてあるらしい。腕時計を見ると、まだ20分以上の余裕がある。
「何でこんな悪戯したんだよ。それも、重要な日に」
「珍しく莅塩様が緊張されているように見えたので、少し落ち着いて頂こうと思ったのです」
「……そうかもな。ありがとう、ミリィ」
俺は異例の大統領と言われている。
無所属で選挙戦に挑んだ23歳で、議員経験どころか就労経験すら無い。出馬した当初は、
最終的には他の候補者に大差を付けて当選することは出来たものの、今日の会談の内容次第では大きく支持率が下がるだろう。
緊張している自覚はあったので、やり方はともかくありがたい。
「お役に立てたようでなによりです」
「だけど、離してくれる?」
未だに俺は抱きつかれたままだ。嫌ではないけど、
一人の政治家として感情を表に出すなんてことはないけど、それでも俺は男なのだ。裏には興奮が潜んでいる。
「あと少しだけお願いします。近頃の莅塩様はお忙しそうでしたので、寂しかったのですよ?」
「……なら、仕方ないか」
「ありがとうございます」
大統領選挙後半戦は本当に慌ただしく、ミリィとの時間もほとんど取れていなかった。寂しかったと言われると、反論する気も起きない。
「会談では、ちゃんと女凰らしくしてくれるんだよな?」
俺とミリィは幼い頃から親交があり、同じ高校に通っていたことも既に世間に知られている。しかし、それはそうとして変な憶測が飛び交う事態は避けたい。
「お約束しましょう。ですが、裏ではこうして今まで以上に甘えてもよろしいでしょうか?」
「まあ、程々にな」
「程々ですね?」
ミリィが無い胸を押し付けるように、更に体を密着させてきた。それと同時に発情の匂いが香る。
「……程々って言ったよな?」
「程々ですよ?」
話しにならないので肩に触れて引き剥がそうとしたが、ちっとも動かない。魔術で筋力を強化しているみたいだ。
「ミリィ、離れてくれる?」
「強引にして頂いても良いのですよ?」
「無理だから言ってるんだよ」
魔術を使ったミリィに力で勝つなんて、どんな生物だろうと不可能だ。
「では、命令して頂ければ従いましょう」
「…分かった」
俺はほんの少し考えてから、ミリィを抱きしめた。
仮にも女凰様に命令するのは畏れ多い……なんてことは微塵も思わないが、命令するよりも早く満足してもらう方針を取った。
「命令して頂けないのですか?」
「頂けません」
俺が即答すると発情の匂いがより濃くなったけど、気にしないことにして翡翠の髪を撫でた。
少しすると満足したのか、ミリィの方から離れてくれた。途中からは発情も落ち着いて、幸せに浸っていたのが匂いからも伝わってきた。
「ありがとう御座いました。とても幸せです」
「まあ、俺も同じだよ」
人との抱擁はドーパミンやオキシトシンが分泌されるというが、今まさにそれを実感しているところだ。
「私はもう戻らなければならないのですが、最後に一つお願いしてもよろしいですか?」
「いいけど、何だ?」
ミリィは、服の隙間から純白の簪を取り出した。大した装飾もない簡素な簪だが、こう見えても本来は凰族以外触れることすら許されない代物。女凰の証だ。
「これを挿して頂きたいのです」
「……分かった」
この簪は正式な式典などで使われるもので、新しい大統領との顔合わせという些細な出来事に使用する必要があるのか?という疑問は残るけど、
「少し上を向いてくれ」
「はい」
……目を瞑れとは一言も言ってない。
キスを待っているように見えてしまうけど、惑わされない。ミリィは編み込んだ横髪を耳に掛けているのだが、その横髪に簪を挿しているから綺麗に仕上げるのが難しいのだ。そんな余裕は無い。
「耳、触るからな」
「……終わったよ」
「可愛いですか?」
「可愛い可愛い」
何度も聞かれているので雑に返したが、俺の本音でもある。服は白一色で装飾品も簪だけ。靴どころか靴下すら履いていない素足。
簡素な装いだからこそ、ミリィ本来の可愛さが強調されているようにさえ思う。
「ふふっ、ありがとうございます。私はもう戻りますね。会談、頑張りましょう」
「ああ、お互いにな」
ミリィはそう言い残して、魔術を使い文字通り姿を消した。
ⓡⓡⓡ
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